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私の第三十四夜をつづります。

日記

2月26日に。

東京でも雪降りとは無縁の2月26日だった。 その2月26日の午後、衆議院予算委員会は野党党首らを質疑者に迎えていた。 そして、夕刻になる頃には、とりとめない思いが浮かんだのだった。『今日、もし大蔵官僚時代の平岡公威がこの場に臨んでいたならば、どの…

相模川河口で。

川面で休むカモたち 2月から新しいノートパソコンを使い始めた。まだ windows10 の導線に慣れない。勝手が違って、ウロウロ・おろおろ、無駄な動きを繰り返してばかり。 毎日、頸も肩もズンと重い。我慢が続く。しだいに我慢ができなくなる。そして、楽にな…

ミャンマーで ⑨ カメラで見てきただけ…その数々。

旅から帰ったあと、東京で友人たちと食事をした。ミャンマーの旅に話題が及び、友人から「なぜ、ミャンマーに?」と問われた。とくにこれといった思い入れはなく、家族の旅に同行した私は、その「なぜ?」という問いに戸惑った。さらに話題は進み、友人はロ…

ミャンマーで ⑧ ”ビルマ”が名前に残る野鳥

ビルマヤブチメドリ(バガン) 早起きが多く慌しいミャンマーの旅。 それでも、宿の庭に出れば、異国の野鳥が啼き交わし、旅心が湧きあがった。 帰宅後、撮りためた写真のなかから野鳥を拾い出し、その名前を調べてみる。なかなか分からなかった鳥の名前は「…

ミャンマーで ⑦ エーヤワディー川は変わらぬ姿で、と思う。

古都マンダレーの西を流れるエーヤワディー川(昔、覚えた名前は”イラワジ川”) 若い頃、毎日の通勤で…その3分の2以上の期間、国鉄を利用したけれど、ボックス席の窓下に備えられていた灰皿が消えたのは、いつ頃だったろう?…平塚駅から東海道線に乗り、東京…

カタルシスの無い『パラサイト』

昨日は温かな陽射しに誘われ、散歩に出た。その帰り道で映画館に寄った。 (本当は、封切りになった韓国映画『パラサイト』を観るために散歩に出たのだ。) 映画を観終えて、頭がふらつくように感じた。 私におよそ想像できていたのは、描かれる”貧困”のディ…

ミャンマーで ⑥ 自由な犬と、もともと自由な猫たち

ミャンマーで私が見かけた犬は首輪や鎖から自由だった。怖いほどに精気にあふれた犬は見かけなかった。みな、とぼとぼと歩いているか、場所を選ばずに、土ぼこりにまみれて、脱力状態にあるか、寝ているか、していた。ただ、子犬は誰かと遊びたそうなくらい…

ミャンマーで ⑤ アーナンダ寺院の11世紀の仏像

12世紀建立のスラマニ寺院で私が見た仏様の多くが坐像・涅槃像であったのに対し、11世紀建立のアーナンダ寺院で東西南北のそれぞれに配された仏像は、巨大な立像(高さ約9.5m)だった。 ガイドさんは「北と南の仏像は創建時の11世紀代のものです。1本のチ…

ミャンマーで ④ 外光が差し込むスラマニ寺院

修理中のスラマニ寺院(バガン):2層の美しいピラミッド型のシルエットはこの位置からは望めない。加えて、地震の被害を受けた仏塔部分が工事中だった。 初めてのミャンマーの旅のなかで、”寺院と呼ばれる建物”を実際に眼にしたことで、私が若い頃から”ビル…

ミャンマーで ③ ”うねる瞼”に出会う。

”うねる瞼”:スラマニ寺院の壁画(バガン) 数年前から、鶴見で開かれている仏教美術の講座に参加してきた。その講座のなかで、先生が何度か指摘した”うねる瞼”・”つりあがる目尻”を持つ仏像や画像の事例が、ずっと心に引っかかっていた。 先生が指摘した一…

ミャンマーで ②

渋滞中のバスの窓から(ヤンゴン 2020年1月20日) 15日は、機内に1冊の本を持ち込んだ。久しく読むことがなかった村上春樹…その短篇集(『女のいない男たち』文藝春秋 2014年)を選んであった。 途中、いつものように頭痛薬を飲んだにせよ、ビルマまでの7時…

ミャンマーで ①

夜空を背景に燦然と輝くシュエダゴン・パゴダ(ヤンゴン 2020年1月15日) ミャンマー…今回の短い旅で初めて訪れたその国について、本当に何も知らなかった(今も何も分かってはいないのだけれど)。 駆け足で巡ったミャンマーから帰ってきた今、改めて、大昔…

曲名は?

暮れからお正月にかけて、壊れかけのミニコンポで、昔のMDやCDを聴く時間がふえた。久しぶりに聴いたMDのなかに、美しい調べのアリアがあり、しみじみと聴き惚れてしまった。何回も繰り返し聴いた。『これ…何のオペラ?…たぶん、ヴェルディ…いや、もしか…

平塚海岸…箱根駅伝前日の静けさ

1日、家族から、今から海に行く?と誘われた。昨日と違って、日没に間に合いそうな時間だった。二日続けて、海へと出かけることにした。 海岸通りの旅館前には、駅伝に出場する大学の幟が並び立っている。明日は朝早くからヘリコプターが飛び回り、町の人々…

明日は新しく始まる。

2019年12月31日の平塚海岸 12月31日。朝早く起きる。シャワーを浴び、洗濯をし、大晦日の買い出しに出かける。 街から家に戻っても、まだ9時だった。『そうだ 海、行こう…』(長塚さんの声が聴けなくなって、京都への旅心が薄れたような気がしているけれど、…

記事の切り抜き

27日になって、風邪がストンと抜けたような、楽な身体になった。溜まっていたことを片づけよう、という気持ちになった。 ずっと気になっていた年賀状書きは、クリスマス前後に終わらせていた(まだ鬱々としていたけれど、ご無沙汰をしている顔を思い出しなが…

下醍醐から上醍醐へ③

今回の風邪(インフルエンザ?)で、これまでの生活のリズムに少し変化が生まれた。ずっと音楽を聴くこともない干からびた生活でも、どうも思わなかった。それが、昔のCDをかけたりするようになっている。これは、思わぬ風邪(怪我)の功名かもしれない(年…

下醍醐から上醍醐へ②

12月16日、東京で学生時代の友人たちと逢った。その夜、寒気がおさまらず、熱を測ると37度5分あった。その後、38度まで上がり、全身の筋肉痛がひどくなってゆく。結果、まったく寝たきりの2日間を過ごすことになった。ちょっとした寝返りもままならず、台所…

下醍醐から上醍醐へ①

12月5日、奈良に出かけ、古墳主体部の発掘体験に参加した。旅に出る前、地道な発掘調査作業を経験していた友人と逢った。念願の発掘体験を前にして期待過剰の私が、「何か、すごい遺物が出たらどうしよう… 三角縁神獣鏡とか?」と話すと、友人は可笑しそうに…

さびしいけれど。

2011年3月から8年間、”YAHOO!ブログ”のぺージに、とりとめのない日々の思いを書き続けた。自分の人生の果てが迫ったように感じ、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで始めたのだった。 2019年12月15日の今日、その場所が消える。友だちに二度と会えなく…

望月は欠けてゆくもの。

12月12日の月 12日の夜。月が中空にさしかかる頃、ベランダに出てみる。昼間の暖かな陽射しの名残りがあった。 流れる雲のなかで浮き沈みするその月は、満月と見えて、すでに欠けはじめている月なのかもしれなかった。 一千年前、藤原道長が「望月のかけたる…

上野~みなとみらい

都美術館で 師走に入った。1日朝、ようやく上野に出かけることができた。 師走の上野公園…桜並木の紅葉はすでに散っていたけれど、のびのびと大きく育った木々の黄葉・紅葉が青空に映えていた。 久しぶりの都美術館に着く。門の前には、寒そうな背中を見せて…

明日からもう師走…

11月30日。「明日からもう師走…」今日、友人からもらったメールのなかにそう書かれていた。ドキッとする。 毎年、12月ともなると、『ぐうたらな一年を過ごしてしまった自分』にがっかりし、落ち込む。今年も、『毎年ぐうたらなままの自分』にがっかりするの…

夜の湯畑で出会ったのは?

25日、友人たちと草津温泉に出かけた。 朝の電車から眺めた空はやや曇りがちだった。それでも、群馬県に入ると、青く明るい空に落ち着いた。陽射しも十分に温かい。旅日和の空…それだけで心が浮き立った。 久しぶりに会う友人の車にそれぞれの荷物を載せる。…

銭田川の水鳥たち

銭田川(11月9日) 初めての久米島だった。訪ねてみたいところは多く、時間は限られている。結局、あわただしい観光地巡りより、自分の足で歩き回るほうを選んだ。 地図を頼りに、イーフビーチから西に向かって歩き始める。その途中で銭田川に差し掛かった。…

久米島:11月の蝶・花など②

”小雪”を過ぎてからの空気は、冬の扉が開いたのだよと告げている。 その扉から吹き込む冷気のために、吸入薬の出番もこのところ多くなった。あの久米島の北風なら、私の気管支でも受けとめられたのにと思う。そして、冷気が近づきはじめたのと入れ替わりに、…

眠りの姿なのか、祈りの姿なのか。

11月18日の大山 18日、海老名市の龍峰寺・国分寺、厚木市の金剛寺を訪ねてきた。 とても風の強い一日だったのに、空気はゆるみ、西の空に連なる大山は、ほぼ青一色にかすんで見えた。 思えば、私たち一行がその日に拝観した仏様はいずれも、収蔵庫の闇のなか…

1945年夏の久米島を想う。

「…久米島に駐留した日本軍の通称「山の部隊」(鹿山正海軍通信隊長)が、6月26日の米軍上陸後にスパイ嫌疑で住民20人を殺害した。米兵に拉致された住民を「スパイ」と見なし、目隠しのまま銃剣で刺し、家に火をつけて焼き払うなどした。朝鮮人家族も犠牲に…

久米島:11月の蝶・花など①

初めての久米島…どんな島なのだろう…天気予報の変化に一喜一憂しながら、出発の日を待った。 それでも、出かけてみれば、11月の久米島の空は私には申し分のないものだった。海岸道路を吹き抜ける北風のさわやかさも格別だった。 ”イーフビーチ”や”はての浜”…

久米島の浜辺

2018年3月、初めて沖縄を訪ねた。以来、友人や家族に誘われて沖縄への旅を重ねるなかで、それまで縁遠かった南の国の人々や風土が少しずつ親しいものになってゆく。 一方で、ゆきずりの観光客として沖縄を旅する時間のなかで、疚しさに似た言い表しがたい気…