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私の第三十四夜をつづります。

日記

変わることなく、雲は薔薇色に。

1月10日の夕焼け(平塚漁港から) 2020年という1年は、すでに過去の時間として鎮まった。 時に楽天的で、常に雑駁な私は、何となく(根拠無く)そう思い、ちょっと安心したのだった。 しかし、新たな2021年は、淡々と・着実に…かつて、語彙の乏しい権力者が…

生きてゆく。それだけ…。

2011年は東日本大震災と還暦の年だった。10年後の2021年は COVID‐19 延長戦と古希の年…せっかくの新年も、さらに困難そうな予感しかない。 『生きてゆく。それだけ。』 ぐずぐずと思いあぐねて費やす時間は、日々萎れてゆく肉体のためにこそ使うべきだろうと…

2020年を共有して…(来たる年こそ)もっと心地よい歌を!

2020年がこうした一年になるとは…。 2020年のどん詰まりの夜に、想いはヒュンと飛んでゆく。地球上のみんなが、きっと今頃、同じ想いを少なからず共有しているんだろうな…と。 凶悪な”コロナ共有実感ウイルス”は、”格差と分断ウイルス”の感染力をはるかに凌…

年の瀬のなかの”秋”

27日午後、図書館で本を借りてこようと街に出た。 街なかの八幡様の横を過ぎ、信号待ちをしていると、歩道際に咲き残る薔薇に気がついた。ピンク色の薄い花びらが西陽を透かしていた。 携帯を取り出し、その薔薇を写そうとしたちょうどその時、友人からメー…

南の空の茜色。

12月15日、安曇野の友人からのメールには、「昨日から雪が舞い始めた…」とあった。 続くメールのなかで、友人は、先のメールの中の脱字を訂正してきた。(私は、全く気がつかず、その字を補って読んでいた。) 「NHKのローカルニュースで”John”の綴りミスが…

12月の日曜の午後。

13日午後、町の中央公民館でコンサートが開かれた。そのコンサートのサブタイトルは「希望を音楽にのせて」。 コロナ禍の2020年を、”希望の音楽”で見送ることができるのは、とてもありがたかった。 会場まで、街なかを抜けてゆく。ゆっくりと歩きながら晩秋…

2020年秋:八幡平④

廃墟の先の水辺(位置としては、おそらく「影沼」の北端あたり?) 2020年最後の秋。 一年には365日が詰まっているけれど、そのうち、「秋」と感じ取るのは何日分くらいなのだろう。毎年、毎年、「秋」はやって来て、過ぎていく。結構、それは短い日々。 ま…

2020年秋:八幡平③

落葉の色採り 11月25日…夕方になってから街に出る。イチョウ並木の落葉が、歩道際に黄金色の吹き溜まりをつくっている。 25日?…そうか…三島由紀夫のことをすっかり忘れていた自分に驚く。そして、怖いほどに薄れゆくものは、三島由紀夫についての記憶に限ら…

2020年の秋:八幡平②

黒谷地(くろやち)湿原 (八幡平 11月14日) コロナ感染拡大の不安を感じつつ、旅に出ることの心疚しさ。さらに自身の体調不安も残っていた。 それでも、旅の誘惑に逆らいきれなかった。それほどに、11月の空気の肌触りは格別だ。 長い夏の記憶が遠のき、よ…

2020年の秋:八幡平①

コロナ禍のなか、二度目の旅。家族との旅が続く。 私は力持ちで、荷物持ちとしてかなり役に立つ。なので、旅の道連れとしてできるだけ体調を整えなくては、と思う気持ちが有り余るのか、出発日まで、自信の無い体調への不安が続くことになる。 八幡平へと出…

コロナの大波に…。

引いてはまた返す波。ふだん通りの浜辺では、引き波のあとに返ってくるのは、さっきと同じほどの波。 ただ、コロナ感染の場合、引き波のあとには、先の波より大きくなって返ってくることもある。 およそ3月以来、新聞紙面上の一覧表で、日本と世界の新型コロ…

ブルーンムーンへの願いごと。

2020年10月31日のブルームーン 2020年10月31日の満月は、”ブルームーン”と呼ばれるものだと初めて知った。しかも、願いごとが叶う特別な満月でもあるらしかった。 10月半ばに八幡平で夜空を見上げていた時、頭上を星がサッと流れていった。北から南へ、暗い…

世を欺く人を一晩で紫色に染め上げよ。

近づく月と火星(10月29日 17:24)この夜のTVでは、日本学術会議の任命問題を取り上げた番組が流れた。2020年10月…この任命問題の報道に接してきたなかで初めて、報道姿勢の鮮明さ、注意深さというものを感じ取った番組だった。インタビューを受ける人間の…

あのドラミングはどんなキツツキ?

昨日、海に出かけた。波の静かなリズム。雲間から洩れて海面に届く射光。狭苦しい日常のなかで溜まりがちな鬱屈も、夕暮れの広い海、広い空に溶け出てゆくようだった。 白い半月が中天に差し掛かる頃、浜辺の空気は10月末らしい肌寒さに変っていた。 夜にな…

古い古い財布とコロナ。

今日、高田賢三さんの訃報を聞いた。新型コロナウィルスに感染し、パリで亡くなったという。 私でさえその名を知る世界的なファッションデザイナーがコロナによって最期を迎えた…また一つ、2020年の現実世界に漂う”喪失感”が可視化されたように感じた。 これ…

せせこましい人の国だなぁ。

何だかせせこましい人の国になったなぁ。 遥か昔、首相が中曽根さんだった頃、国労を潰しにかかる圧倒的な力に対し、強く反撥する感情とともに、立ち向かう強大な国家権力への恐れも感じていた。私が若く、守るべき生活があったから、ではないと思う。また、…

”胃痛・頭痛メモ”

9月も終わってゆく。 9月になって、待ちかねた涼しさにホッとするうちに、胃のあたりが、いつにもましてドロドロ・モヤモヤとぐずつき始めた。きっと、長かった暑さが胃に応えたのだと思い、手っ取り早く市販薬に頼ることにした。食事もお粥に切り替える。日…

唐突な葉書を出して。

3月からの巣ごもり暮らしのなかで、何通かの葉書を書いた。 遠くに住む人、近くに住みながら久しく会えない人の姿が、停滞した時間の波間に時折り浮かび上がった。その人にあてて、絵葉書の裏の半分のスペースに懐かしい気持ちを短く綴った。 昨日も、近くに…

9月半ば…雲間の向こうの光。

年老いて、いつのまにか澄んだ瞳、輝く瞳、まっすぐな気持ちを見失った今だからこそなのか、いつのまにか光を失った国の現実の姿を日々、まざまざと目の前に突きつけられて気が滅入ってくる。 今こそ、明るい瞳、未来や世界が広がってゆくような瞳を持つ人に…

新しい季節は?

平塚海岸から見る9月8日の夕焼け どこかで期待していた。政治の季節が新しく移り変わる気配を。 現実には、ほとほとうんざりの残暑が終わりそうもないのだった。(鬱陶しく居座り続ける気圧配置が恨めしい。) 野分の季節。 台風一過。 抜けるような青空。 …

”一房の葡萄”の向こうに。

ヒヨドリの雛(8月9日) ベランダの前に鬱蒼とはだかるカイヅカイブキ。今夏、その緑の奥から、ヒヨドリの雛が巣立った。 8月は、来る日も来る日も、ほとほと暑かったし、熱かった。毎日、グツグツと煮え立つシチュー鍋か、空焚きしたフライパンの上で暮…

終わっちゃいなかった。

喜びの感情は短い。あっという間に消えてゆく。喜びの感情や幸福感より、悲しさ、口惜しさ、怒りの感情のほうがずっと長続きする。なぜだろう? 生き残るため、生き延びるためには、そちらのほうが都合がよいのだろうか? つかの間の喜び。 例えば…古い映画…

2020年8月28日…。

その日はやって来た。8年間、踊りつづけていた”赤い靴”がその動きを止めた。 政権の中枢で踊りつづけることが自己目的化しているように見えた。 私にとって、その踊りは長かった。踊りの渦に巻き込まれ、周りの社会が崩れてゆく様子を、ジリジリしながら見続…

「処暑」を過ぎれば。

23日の日曜日は「処暑」。この日を、すがるような気持ちで迎えた。 そして確かにこの日、海辺の町へと吹き込む風に、かすかな冷気が含まれるようになった。生温かな風に混じりこんでいる冷気を探し当てる…それは、かすかなのに、確実に冷ややかだ。それにし…

♫ Fascination ♫ のオルゴール

日中はエアコンをつけずに暮らす2020年夏。 頭が茹で上がった状態で、友人とメールでやり取りする。「熱中症が心配。昼間もエアコンつけたほうが…」と諭される。 『確かに…』と思う。まともな暮らし方ではないのかも…。最近では節電要請も出なくなっているの…

アルバム②:旭岳の西麓で(東川町)

2020年8月3日の旭岳(ロープウェー「姿見駅」方向から) およそ半世紀前(1970年頃?)の夏休み、友人と二人、北海道周遊券を手にして旅に出た。本州から青函連絡船で北海道に渡り、道南~道央~道東各地のユースホステルを経巡る、人生初めての長旅となった…

アルバム①:美瑛町で

~羽田空港の”コンシェルジュ・ロボット”さん~ 「こんにちは! 写真を撮っていいですか?」→「はい、もちろんです!」「撮りま~す! ありがとう!」→「ありがとう!」 日々、COVID‐19感染者数が増加するなか、旅に出ることになった。2020年になって4回目の…

”千尋の顔をした資本主義”…そして”日・韓・台・香の合従策”…。

今朝、眺めていたツイートの最後にこうあった。 「…人間の顔のない資本主義から人間の顔をした福祉型資本主義へ。2分動画見てください。」 で、短い動画を見てみる。ふーむ、と思った。動画の中の白いボードには、話の概要と、その横に『千と千尋の神隠し』…

”野鳥の時計”

長雨の日々、澱んだ空気を震わせて鳥がさえずる。 その”野鳥の時計”を壁に掛けてから、1時間ごとに美しい啼き声が響くようになった。巣ごもりの部屋が、その瞬間、戦場ヶ原や伊豆高原の林にまぎれこむ。 今は夏鳥たちが訪れる。部屋に朝の光が届くと、アカシ…

「まあ いいか」を読んで。

夕方になって街に出ると、駅前で「2020年豪雨災害」の救援募金が行われていた。 2011年の大地震と大津波の生々しい記憶も消えないなかで、この数年、大雨や台風などによる圧倒的な破壊が容赦なく繰り返されている。そのたびに人々は打ちのめされ、打ちひしが…