昨日、歯医者さんからの帰り道で、久しぶりにムラサキツユクサを見た。
子どもの頃、近所の家の生垣の外に咲いていた地味な花。花そのものへの興味というわけでもなく、その名前を「ムラサキツユクサ」と覚えたことの記憶だけがずっと残っていた。
ムラサキツユクサという花の存在はその後、私の世界から消えていった。
(そんな道端に咲いていた花と同じように、小さい頃に確かに見えていたいろいろなものが、大人になると、おおかたその姿を消してしまった。次々に新しく出逢うものと引き換えに、それらは次々と姿を消していったのだ。)
年を取り、道草を楽しむようになった。
そして、小さい頃によく遊んだ空き地も、バラ線も、「ムラサキツユクサ」のような地味な花も、とうの昔に消えてしまったことに気がついた。
昨日見かけたムラサキツユクサも、整えられた公園の片隅で、意識的に育てられているように思えた。
「ムラサキツユクサ」の名前を覚えた頃から、私はずいぶんと多くのものを見失ってしまったのだな…そんなことを思った。