enonaiehon

私の第三十四夜をつづります。

場所の記憶

10月11日夜、新宿駅南口の改札口を抜けた時、人々の流れのなかで、突然”国際反戦デー”という言葉が浮かんだ。
場所の記憶…個人の社会的記憶というものは、雑多な要素からなる”或る雰囲気”として記憶の奥底に沈んでいるらしい。それが時たま、眼の前の風景に呼び起こされて、”或る雰囲気”の記憶として浮かび上がってくるらしい。
あの時、突然”国際反戦デー”という言葉が浮かんだのは、10月という季節、新宿駅という場所、そして近づく選挙…そんな条件が重なったからだろうか。
あの大都会のターミナルが人々の熱気で埋め尽くされる時、その熱気は人々の場所の記憶になってゆくのだろう。そして、それは何度も繰り返されるのだろう。選挙が終わった今、そんなことを思う。

25日の夕方、海に向かった。
台風に揺さぶられ、くわえこんでいた人工物を浜辺に吐き出した海。
その青ざめたようなヒスイ色は、まだ酔いが残っているかのようにも見えた。

平塚の海…私にとって、雑多でもない、雰囲気でもない場所。
個人的な場所の記憶として、平塚の海は私のなかにある。

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10月25日の海

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10月25日の浜辺から見る空