enonaiehon

私の第三十四夜をつづります。

今となって思うこと。

 今となっては運命の悪戯だったのか、ある男が国の最高権力者の座を手に入れた。
 国にとって不幸なことだったが、彼は指導者となるには過剰なほどに未熟だった。そして過剰なほどの野望を抱いていた。
 
 彼が発する言葉はあまりに空疎だったので、唇から発せられた途端、虚空へと消え去るしかなかった。
 その空疎が何に由来するのか、人々の肌だけが敏感に感じ取った。そのひたすらに空疎な感触を繰り返し感じ取った。
 
 彼は人々の目をくらませる術を矢継ぎ早にこき混ぜながら、国の形を粗雑に描き変えていった。
 人々に届く言葉を持たない彼が、代わりに持ちえた武器こそが”最新式のドリル“だった。
 滑稽なほどに有能な武器だった。どんな岩盤をも突き通すという勇ましい武器だった。 
 彼の野望を果たすために、そんなドリルが与えられたことは、国にとっても彼にとっても重ねて不幸なことだった。
 
 今となって思うのだ。
 国のあるべき形とは、不断に補修しつつ維持してゆくはずのものだった。
 岩盤にドリルを開ける? 国が拠ってたつ岩盤が傷つくまでに? 
 
 徒に勇ましく、怖いほどに空疎な彼が描き変えてゆく国の形。
 彼の過剰な野望に手を貸すドリルは、リアルな国の岩盤をどこまで穿ち続けるのだろう。
 穿たれてしまった無残な傷跡を、これから、何をもって修復すればよいのだろう。