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私の第三十四夜をつづります。

夜の湯畑で出会ったのは?

 

25日、友人たちと草津温泉に出かけた。

朝の電車から眺めた空はやや曇りがちだった。
それでも、群馬県に入ると、青く明るい空に落ち着いた。陽射しも十分に温かい。旅日和の空…それだけで心が浮き立った。

久しぶりに会う友人の車にそれぞれの荷物を載せる。心はすでに遥かな草津へと飛んでゆくようだった。

裾野の広い赤城や榛名の山容、晩秋を感じさせる黄葉・紅葉…。
車の窓から眺める景色は、日頃、こじんまりとした風景を見慣れた眼には、異国の自然を見るように、広々と大きく新鮮に映った。

車は、渋川から吾妻川沿いを走り、試験湛水中の”八ッ場ダム”を経て、いよいよ草津温泉へと北上してゆく。

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八ッ場ダムの秋景色

 

お昼頃に到着した草津温泉の空気は一段と冷たかった。標高1156m…その高さ・さわやかさは、温泉の豊かさ・熱さと拮抗する魅力なのだろうと思った。

初めて眼にする湯畑からは白い煙がもうもうとあがり、七本の木の湯樋から集まった湯は、滝のように走り落ちてゆく。
あたりいっぱい、逃れようのない強い硫黄の匂いに包まれると、『これが草津温泉…』と納得するしかなかった。

夜になった。宿の温泉と夕食であたたまった私たちは、楽しみにしていた”ツリー”を観るために、再び湯畑に向かった。

ライトアップされた”ツリー”は、赤い花が光り輝やき、昼間よりさらに存在感を増している。”ツリー”を背にした湯畑のまわりには多くの人々が集まり、華やいだ空間に変わっていた。

 

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夜の湯畑で輝くツリー


私たちは、それぞれのカメラで、交替しながら”ツリー”や友人の姿を撮りあった(みな揃っての写真はなかなか撮れないのは、これまでの旅と同じだった。)

その時、仄暗い歩道から、白い上下の服に白い小さな帽子(たぶん?)をかぶった髪の長い若い女性から声をかけられた。
「写真を撮りましょうか?」
(私たちは、都会の一角のように人波の絶えないところで、都会の人波から抜け出てきたような女性に声をかけられたことに、少し驚き、そして喜んだ。)

私たちは素早くカメラの前に並ぶ。女性は、位置を変えて何枚もシャッターを切る。
そして、私たちが最後に改めてお礼を言うと、女性は「どうぞ楽しい夜を!」と返してくれた。

その後も、私たちはゆっくりと湯畑を廻り、女性の言葉どおり、楽しい時間を過ごすことができた。
『それにしても…』と私たちはみな思った。『物語のように顕れたあの女性はいったい誰だったのか…?』と。

 

帰宅してから、草津で手にしたパンフレットをパラパラと見返していて、『もしや?』と思った。
そのパンフレットの巻頭に、「温泉女神」として活躍する若い女性が紹介されていたのだ。

『夜の湯畑で出会ったのは貴女なのでしょうか?』
(私は、人の顔を覚えるのが苦手だ。今回も本当にぼんやりとしたイメージしか思い浮かばない。)

パンフレット上の「温泉女神」の女性は微笑むばかりで、その答えは返ってこなかった。

『声をかけてくださってありがとう!』
なつかしい気持ちで、夜の湯畑の”女神様”にもう一度お礼を言った。
そして、友人たちが、あの女性の顔を覚えていたら良いのだけれどと思った。