修理中のスラマニ寺院(バガン):
2層の美しいピラミッド型のシルエットはこの位置からは望めない。加えて、地震の被害を受けた仏塔部分が工事中だった。
初めてのミャンマーの旅のなかで、”寺院と呼ばれる建物”を実際に眼にしたことで、私が若い頃から”ビルマ的”…と感じていたものは、実は”仏塔(パヤー)”というものらしい…と分かった。
一方、”寺院と呼ばれる建物”は、土着的な色彩…白の漆喰を失ったことで、もともとの風土の色合いに回帰している…に古色を帯びて神秘的であり、また、その一様にどっしりとした重量感やシルエットは、むしろ”西洋的”…私のイメージでは、ヨーロッパの教会建築にも似た重厚さ…とも感じられた。
そして、ミャンマーでの仏塔・”寺院と呼ばれる建物”の在り方は、日本での寺院の在り方(人々の受けとめ方)とはかなり異なっている(むしろ、”暮らしのなかの祈願の場”としての神社の在り方、人々の受けとめ方に近い?)ということも分かった。
私が見かけたミャンマーの人々は、仏塔や”寺院と呼ばれる建物”において、仏様の前で座り込むようにして熱心に祈っていた。
ガイドさんは「自分のために祈るのではなく、大切な人のために祈るのです。みんな、自分の収入の10分の1くらいを寄付するんです。私もしています。」と明るく説明するのだった。
(私は若い頃、人前で祈ることに強い抵抗があった。今でも、人前で神仏への祈りに没入することはできない。そして、ミャンマーの人々のなかに、私のように、”人前で祈ること”へのためらい・抵抗感を持つ人がいるようには思えなかった。)
”うねる瞼”に捉われたスラマニ寺院では、ガイドさんの後を追いかけるのがやっとだった。
それでも、仄暗い回廊を抜けるごとに、風が行き来している装飾的な扉*から差し込む外光のやわらかさを感じ取った。
*花やビルマ文字(?)などをデザインした扉。
その文字は、視力検査で、「右」とか「上」とか、輪が切れている方向を答える記号(”C”に似た記号)が連なるように見える。その上には、24枚の花びらの紋様が載っている。
施釉(緑と黄の二彩?)された外壁部分:
緑釉陶器より淡い緑。外壁のこの部分が美しく施釉されたのはなぜなのだろう?
スマホを見る少女:
お供えの花を売る彼女の頬には”タナカ”(日焼け止めの化粧品)が塗られている。
金属の扉は光と風の通り道であり、”荘厳”ともなっている。
花を売る少女を見守るような”鬼”(?)の壁画:
牙を持ち、鬼の様相を見せているけれど、瞳が明るく、快活な若者の印象。
捧げものを掲げる女性の壁画:
下の絵(原画の描線?)を描き直したように見える。
女性は、小島功氏が描いた”河童の奥さん”の雰囲気に似ている?
光と風が通る扉:
上には花*とビルマ文字、下には向かい合う”蛇身”(?)の紋様。
*参考:観光バスの車内に掲げられていた
24弁の花びら形の”お経”
(ガイドさんの説明では、仏様を中心に、
パーリ語の24項目のお経が記されているらしい。)