enonaiehon

私の第三十四夜をつづります。

唐突な葉書を出して。

 

3月からの巣ごもり暮らしのなかで、何通かの葉書を書いた。

遠くに住む人、近くに住みながら久しく会えない人の姿が、停滞した時間の波間に時折り浮かび上がった。その人にあてて、絵葉書の裏の半分のスペースに懐かしい気持ちを短く綴った。

昨日も、近くに暮らす人にあてて、唐突な内容の絵葉書を書いた。
唐突な内容の中身は、『アンという名の少女(Anne with an "E")』という海外ドラマを観始めた…というもの。

その人と私は、地元の同じ小・中学校、高校に通った。その後、海外や東京暮らしが長かったその人は、数年前に平塚に戻ってきた。
お互いに、子どもの頃のごくわずかな思い出を共有しているだけなのに、私にとってその人は、唯一無二の特別な存在になった(子どもの頃に使っていた言葉で言えば、”崇拝”の対象に近かった)。その人の何をも理解しているわけではないのに。

『お互いに70歳に手が届く年代になって、中学生だったあの頃とは様変わりした今、こんな葉書に当惑するかも…』とためらいもあった。それでも、昔の気持ちのままに思い切ってポストの中に滑り込ませた。

 

出してしまった唐突な葉書は、今頃、どう伝わっているのだろう? 
受け取ったのが私だったら返事に困りそうなので、「読み捨てて」と最後に書いたのに、まだちょっとどぎまぎしている。
今度、街角で逢えたら、私の唐突な葉書について、マスク越しに短いおしゃべりをしたい。きっと笑ってくれるだろうな。

 

9月23日の海f:id:vgeruda:20200924113824j:plain


夕波を横切る人f:id:vgeruda:20200924113838j:plain

 

沖合を進む幻のような客船f:id:vgeruda:20200924113905j:plain