enonaiehon

私の第三十四夜をつづります。

2016.9.11

 朝、窓ガラスに夜半(?)の雨の跡があった。灰色の空を見上げ、この雨も秋雨…と思う。
 
 この数か月、音楽も聴かず、借りてきた本も読み通せずに返すばかりだった。
 今、手もとに残る『源頼政木曽義仲』だけは、ようやく半ばまでたどり着いた。その本のなかに、まだ見ぬ新しい世界が広がっている…その魅力を目の前に感じながら、今の私は、勢いよく食いついて一気に読み通すことができないのだ。音楽にも、読書にも、いや散歩にも息を吹き返せないような夏だった…と思う。 
 
 そんな朝、数か月ぶりにCDを聴いてみようと思った。
 きっかけは、眺めていたネット記事(政治家が記したブログ記事の引用)だった。そのブログ記事には、ゲーテの詩(和訳)の一部が引かれていた。そして、その詩句が、どのような意味合いで引かれているのか、曖昧に受け止めるしかなかった。というのも、そのゲーテの詩句と、それを引いた政治家に対して私が持つ印象には、とても大きな開きがあったから。そして、そこに引っ掛かるものがあった。

 もっぱらドイツ・リートを聴く家人(家内の人?)に訊ねると、そのゲーテの詩句「待てしばし 汝(なれ)もやがて憩わん」は、シューベルトの歌曲「さすらい人の夜の歌」の詩では、と言う。その歌曲を、私もたぶん聞き覚えているはず…であるらしかった。
 その詩句は、その歌曲は、どのような世界を歌ったものだったのか、確かめてみたいと思った。

 古めかしい詩集やLPの解説集などを探してもらう。そして、シューベルトゲーテ1776年の詩による歌曲を1815年に、ゲーテ1780年の詩による歌曲を1823年頃に作曲していることが分かる(読んだネット記事のなかでは、1780年の詩の和訳の一部が引かれれていたのだった)。
 次に、ゲーテの「Wanderes Nachtlied」(1776年)と「Wandrers Nachtlied」(1780年)のそれぞれの詩による、シューベルトとレーヴェのそれぞれの歌曲が入っているCDを貸してもらう。
 シューベルトの歌曲はファスベンダーが、レーヴェの歌曲はフィッシャー=ディースカウが歌っていた。本当に久しぶりに聴く二人の声。人が奏でる音楽…それが染み入った先は、夏から停滞したままの心なのだろうか、身体なのだろうか。
 どちらも、とても短い歌だった。それぞれの曲が、声が、直接にそのまま染み入った。そして、今の私には、ゲーテのどちらの詩も身に沁みるものだった。

9月10日の雲①
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9月10日の雲②
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9月10日の月①
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9月10日の月②
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