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私の第三十四夜をつづります。

3月になって。

 

まだ社会の中で、人々の間で一生懸命に生きていた頃、3月は、何となく憂いが漂う季節だったと思う。

学生時代は学校生活というもの。
勤めていた頃は職場というもの。
家庭では家族というもの。

3月という変化の多い独特の季節が、それぞれの場の憂いや不安を呼び覚ましてしまうようだった。だから、長らく、3月という季節に複雑な印象を抱いてきた。

人々の間から遠ざかった今、そんな社会生活の”憂い”とはほぼ無縁になった。

良いことなのか? いや寂しいことなのか?

 

そして、2021年3月。
何か新しいものを探したくなった。

たとえば、
*野鳥時計から響いてくる啼き声が春の鳥に代わって、それはそれは明るくなった。
(思えば、野鳥時計の冬鳥は水辺の鳥たちが多かった。それは野性的で、野太くさえあった。それが3月になってからは、小鳥の囀り…コロラトゥーラ…で目が覚めることになった。それはとても心地よいのだった。)
*また、友人から教えてもらった Duolingo で英語の”勉強”を始めてみることにした (そのパソコン上での”勉強”は遊び・ゲームに近いものだった)。友人はフランス語とギリシャ語を始めたのだという。確かに、私たちには、”憂い”などと対話している時間など残されていないのだった。
*あとは、中断していたストレッチを再開した。40代半ばから自分なりに続けてきたストレッチは、体調のバロメータになっていたようだ。この半年ほど、遠ざかってしまったけれど、まずは身体の柔軟さを取り戻そう。

3月になって、季節は代わってゆく。変わってゆく。

 

f:id:vgeruda:20210302164831j:plain3月1日の海

 

f:id:vgeruda:20210302164849j:plain3月1日のサクラ

 

白梅の花びらも散ってゆく

 

22日、総合公園の梅林を訪ねた。

久しぶりに出かけた総合公園の樹々には、やわらかな風とうらうらとした光が届いていて、”進んだ春”の空気が広がっているように思えた。
それでも、この季節の人々の姿は、桜の季節においてよりも、どこか慎ましく初々しく見えたりする。
(春のゆるみに浮かれてはいない…ほのかに浮き立つものが見えるような…。)

 

梅林の小道に行き着くまで、梅の花の香りは少しずつ濃くうつりかわってゆく。
(マスクを通してまで、梅の香りは公園の一角を十分に覆っていて、そのことで、梅の花がすでに満開となっていることが分かった。)

 

紅梅そして白梅が香る梅林の小道をゆっくり、ゆっくり巡ってゆく。
(不思議なことに、梅林の中の香りは、思ったより濃厚ではないのだった。)

 

立ち止まっては、白梅の枝先の空を眺める。

白い花びらが一枚、ひらひらと流れる。

舞うごとくでもなく、吹雪のごとくでもなく、ひらりひらりと散ってゆく。
散る姿もそれらしい白梅の花…。

 

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【咲き始めたばかりのオオシマザクラf:id:vgeruda:20210223163237j:plain

 

 

【”野鳥の池”で】

 

風切羽の形が鮮やかなヨシガモ:三日月形に垂れる羽根は、尾羽ではなく、三列風切というものだと初めて知る。何もかも、私には”奥が深すぎる”。f:id:vgeruda:20210223165221j:plain

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疲れた姿のムラサキツバメf:id:vgeruda:20210223165325j:plain




やっぱり嬉しい。

美術館にも博物館にも出かけることのない日々。
でも、今日、嬉しいことがあった。

抽選に外れて聴講できなかった講座の資料がネット上に載っていたのだ。
『わっ!』と眼が輝いてしまった。

何と今日、その講座の先生が、ご自身のツイートのなかで、聴講できなかった人たちのために、資料画像を上げてくださったのだ。何という心遣いなのだろう…。

昔、似たような嬉しい経験をしたことを思い出す。

別の博物館で、同じように抽選に漏れて聴講できなかったことがあった。
やむを得ず、展示だけでも見学しようと、ちょうどその講座の当日に出かけていったのだった。

偶然にも、展示室のなかで、その講師の先生の姿を眼にした。
(私は講座を聴けないんだなぁ…と今更ながら残念に感じた。)
で、展示を観終わった私は、思い切って、受付の方に「あのう…今日の講座なんですが、資料をいただくことはできないでしょうか?」と恐る恐る尋ねてみた。

答えは予想通り…駄目だった。

と、その時、私のそばを講師の先生が通りかかった。そして、館の方に「どうぞ、資料、差し上げてください」と、思いもよらない言葉をかけたあと、立ち去られたのだった。

私のほうは驚きとありがたさのあまり、身体も心も固まってしまい、どぎまぎとしたお礼を返すのがやっとだった。

突然の先生の申し出に対し、館の方は一瞬困ったような印象だったけれど、ほどなくして講座資料を届けてくださった。申し訳ないことだったけれど、とても嬉しいできごとだった。

嬉しいなぁ、やっぱり。
こういう先生方がいるんだ…ということが。
講座の資料よりも嬉しいのかもしれない。

 

 

【久しぶりの平塚海岸で(風の強い2月20日)】

 

砂上の漣f:id:vgeruda:20210221212606j:plain

 

冷たい海へ…f:id:vgeruda:20210221212619j:plain

 

揺れ動く波f:id:vgeruda:20210221212638j:plain

 

2月20日の月f:id:vgeruda:20210221212705j:plain

 

♫ みいちゃん ♫ だったの?

 

 

寒い日が続く。風が冷たすぎて首がすくむ。

安曇野の友人のメールには、「明日は-8℃になりそう…」とあった。
こんな時、つい口ずさんでしまう童謡… ♫ 春よ来い! 早く来い! 歩き始めたみよちゃんが… ♫ 

そうなのだ。
子どもの頃からこの年齢までずっと、歩き始めたのは”みよちゃん”と思い続けてきた。

でも、今日初めて、それは”みよちゃん”じゃない…”みいちゃん”なのだよ、と知った。

なんと…。

勘違いが過ぎる。

そうか、”みよちゃん”であれば、その女の子は「みよ」ちゃんか「みよこ」ちゃんに限られてしまう。
でも、”みいちゃん”なら、「み」がつく名前の女の子がいっぱい当てはまるのだ。

それでも、何だか、親しかった”みよちゃん”がどこかに行ってしまったみたいで落ち着かない。

何なら、私だけがこの先も、”みよちゃん”と春を待ち続けていこうか。
願わくば、来年こそ、”みよちゃん”とコロナ禍のトンネルを抜け出て、ホンモノの春のなかへとお出かけしたい。

 

ビルの谷間に咲くサクラ(2月17日の夕方)

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密室で選ばれた後継者は、密室で自分の後継者を選ぶ。

 

今日12日の朝刊1面 top の記事に、二人の長老の顔が同じ大きさで載っていた。

それぞれのタイトルは
「森・五輪組織委会長 辞意 女性蔑視発言で引責 相談役で残留へ」「川淵氏を後任指名、受諾」

 

あの時のことを思い出さずにはいられない。
あの時も、”突然の病に倒れた首相の後継者”について、党有力者の数人が密室で会談し、次の総裁・次の首相が誕生したのだった。
あの時も、『この人たちは、こんな形で、こんなふうに選んでしまうのか?』と思った。
あの時も、密室談合で誕生した総理大臣というものの正統性について、大きな疑問符がついたことを覚えている。
あの時から20年余。

~今の居心地も悪くない。変われない。変わりたくない。このままでいたい。~ 

年齢を重ね、現在の私は、そんな気持ちも分からないではない(残念ではあるけれど)。
そして、どうしても変われないなら、適切な形で適切な人に代わってもらうことならできるはず、と思う。

なので、

~代わるべき時が来たら、代わりましょう。そして、新しい人に、新しい世界に向かって、今の世界を変えていってもらいましょう~

 

 

潜んでいたものが。

f:id:vgeruda:20210211140123j:plain夕方のオキザリス(2月9日 人魚姫の公園で)
 

このところ、南のベランダでは、植木鉢が並んで日光浴する時間が長くなった。
私も、こんなふうに、屈託なく季節を楽しみたい…。

しかし、人々がコロナ禍以前のように暮らし、それぞれの活力を取り戻し、コロナ禍の時代を回顧できるようになるのは、ずっとずっと先のことのようだ。

諦めと覚悟、そして希望…。

 

昨年来、心も身体もはっきりと衰えつつあるなかで、今年の1月半ば、顔じゅうに噴き出した酷いヘルペス症状に驚くことになった。今、我が身を振り返って思う。

心と身体の衰えの果てに、その劣化した存在の奥に潜んでいた”病むもの”が、忌むべき膿の形となって一気に噴出してくるのだな、と。そして、眼をそむけたくなるような”膿”はずっと、私の存在の中にあったのだな、と。

このことは、突然のコロナ禍によって、私たちの社会の奥底に長らく潜んでいたものが炙り出され、眼に見える形となって人々の眼にさらされ、否応なく人々の認識の変容を迫っていることと、少し似ている気がする。

 

さて、私という一個体の「パンドラの箱」の中には、ごくごくささやかな”希望”は残っているのだろうか。

ベランダの植木鉢の中には、淡々とした”希望”が残っていそうに見える。

そして、人々の社会というものが、その深部に潜んでいた禍の発現に戸惑いつつも、その葛藤に拮抗するような多様な”希望”の芽を、新たに次々と生み続けてゆくことを願わないではいられない。

そう思うことが、私が抱く”希望”なのかもしれない。

 

f:id:vgeruda:20210211140135j:plain空一面のウロコ雲(2月10日) :
夕方、外に出ると、どこまでもどこまでも、空一面にウロコ雲が広がっていた。不思議な空だった。その後、用事が済んで、再び空を見上げた時には、あのウロコ雲はどこにも見当たらず、軽やかな水色の空に小さな白い雲が一つ二つ浮かぶばかり。あの天上を覆いつくしていたウロコ雲はどこに、どのように消えていったのだろう?

 

初めまして、”グリア・ガースン”

 

 

一昨日、恥ずかしいので小さな声でつぶやくように豆まきをした(鬼とともに、コロナにも退散願いたいと願いつつ)。

立春を経て、今日は春一番が吹き荒れた。

ベランダの洗濯物の影が大きく揺れ、そのまま飛び去ってゆきそうだった。
その不穏な動きを気にしつつ、しばし、古い映画を眺めて過ごした。

タイトルは『心の旅路』…子どもの頃の記憶のどこかに引っかかっていた映画。
(どんな映画? 見たことは? 『かくも長き不在』とごっちゃにしている?)

いざ観始めると、どうも一度も観たことがない…たぶん…ということが分かった。
そして、しだいに引き込まれていった。

やがて、観る人に不意打ちを食らわせるように、夜の外気の霧とともに、謎めいた美しい人が登場した。その場面で『あっ!』と思った。

『もしかしてグリア・ガースン?』と感じたのだ(で、その”感じ”は当たっていた)。

グリア・ガースン…小さい頃にその名を聞き知っていたけれど、実際にその映画を観たことはなかった。
(何かの機会に彼女の写真を見たことはあり、イギリスの女優さんということは知っていた。そのツンとした透き通った美しい表情が、子どもの私が抱いた印象の全てだった。)

長らく思い込み続けたイメージは、映画を観終わってみると、すっかり別のものに入れ替わっていた。

知的ではあるけれど、冷たくはなかったし、「ツン」とした瞳の表情は一瞬強くひらめくものではあったけれど、本当に一瞬のものでしかなかったのだ。

私が思い描いていた”グリア・ガースン”は、長らく、氷のような、雪のような結晶であったのに、今や、やわらかな花びらに変じてしまった。

不思議な感慨。
さよなら。私が思い込み続けていた”グリア・ガースン”。
初めまして。気高くも花びらのような”グリア・ガースン”。

 

 

公園の桜のつぼみ(立春の2月3日)

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