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私の第三十四夜をつづります。

2025-01-01から1年間の記事一覧

12月の夕暮れ。

年の瀬に毎年思うこと…12月の時の流れが一段と速いのはなぜ?この一年をゆっくりふり返るゆとりも無いまま、次の年へと押し流されてしまうのはなぜ? そんな年の瀬の流れに逆らうには図書館が一番かもしれない。 図書館の参考室内の時間の速さは一年中一定し…

平塚海岸のクリスマス飾り。

12月22日の平塚海岸 12月24日…平塚は朝から雨。♫ The rain in hiratuka stays mainly in the plain… ♫ そして平塚では ♪ 雨は夜更け過ぎに雪へと変わらないだろう…♪

小田原の古墳時代前期の鍛冶とは? そして相模国府の鍛冶とは?

12月6日、南足柄の友人と小田原駅で待ち合わせ、城址公園に向かった。 小田原は久しぶり…という友人と、郷土文化館で開催中の企画展「最新出土品展2025 古墳時代前期の謎に挑む」を見学した(考古学専門の方々から詳しい展示解説を聞き、さまざまな ”はてな…

蝶の姿は消えて。

11月25日、足取りも軽く総合公園に向かった。今年最後の蝶の調査になるのかなぁ、と思いながら。 そして、総合公園は まさしく”秋” の中に在った…(としか言いようがないほどに、”秋”という季節の中に在った)。 2025年春から初夏、そして真夏、衰える夏から…

大井川をさかのぼる旅。

11月後半、家族に誘われて大井川をさかのぼる旅に出かけた。 その短い旅のなかで、奥泉駅から奥大井湖上駅まで、初めてアプト式列車というものに乗った。そして、奥泉駅(大井川鐵道井川線)の上の広場が「下開土(したのかいと)遺跡」という縄文時代前期~…

秋の上野の博物館で。

12日、早起きして上野の「運慶展」に出かけた。興福寺の北円堂や南円堂は訪ねたことが無かったし、チラシに大きく配された仏様の表情はどこか浄楽寺の阿弥陀様に似ているようで魅力的に思えた。本館の前でしばらく行列に並んだあと、”仮構の北円堂”に入って…

石仏に刻まれた「本八幡荘」と「本八幡村」。

2日、博物館の行事に参加して八幡・四之宮地区の石仏を訪ね歩いた。望み叶って、八幡地区の長善寺で「相州大住郡 本八幡荘」(1670年 庚申塔)、泉蔵院で「相州大住郡 本八幡村」(1779年 大山灯籠)の銘が刻まれた石仏を見学することができた。 そして、石…

上高地温泉ホテルに残る歌。

10月21~23日と上高地に出かけた。初旬に信州の黄葉・紅葉を楽しんだばかりだったし、ツキノワグマの出没情報も恐ろしいし、足腰も万全ではないし…と迷ったあげくだった。何よりも、今年の秋に少しでも多く出逢いたい気持ちが勝った。昨夏に泊まった上高地温…

公園の秋の色。

10月があっという間に終わってゆく。 26日は平塚市博物館で定例の作業をした。(2022年に始まった作業は顔ぶれも定まって作業にも慣れ、当初の不安…私のヘマで何か大きな失敗に導かれてゆくのではないか?という不安…も薄らいできた。)28日は10月最後の蝶を…

母の「痕跡本」の思い出。

今朝の朝日紙【天声人語】は、「古本の世界で、書き込みや線引きが残る書籍」について語っていた。そのなかで筆者は、父上が遺した蔵書に「小さな万年筆の跡」を見つけた時の気持ちを書きとめていた。 私も同じような経験をしたので、筆者のその時の気持ちが…

錦秋十月の歌舞伎座

16日、霧雨のなかを”錦秋”の歌舞伎座に向かった。(10月初めに友人たちと逢った頃に比べ、みゆき通りの樹々も少し黄葉が進んでいた。) この数年、オペラから足が遠のいた代わりに、21年6月の「桜姫東文章」、24年4月の「土手のお六」と「神田川」、9月の「…

2025年の秋②

三日間の旅空は霧雨だったり曇ったり、晴れ間が出たりと落ち着かなかった。それでも、当初、雨模様が予想された千畳敷カールで ”もみじの錦” を楽しむことができた(はるか昔、尾瀬行きで眼にした ”もみじの錦” …赤・黄・緑の色彩が細かくちりばめられた山肌…

2025年の秋①

夏が長居をするようになった分、秋はいっそう足早に通り過ぎてゆくようだ。 10月になってホッとした気持ちになった。そして、5か月ぶりに旅空を仰いだ。 最近、これから私が出会う季節はいくつ残っているのだろう?と思うようになった。 今回、出会った美し…

そして蝶たちもたぶん嬉しい?

7月・8月・9月と、今年の夏も暑かった。毎日、暑さをしのぐだけで精一杯だった気がする。 だから、10月になって本当に嬉しい(♫ come october ♫)。暑さだけでなく、昨年11月から務めてきた義務的雑務から、もうじき解放されるのだし(2025年の残り3か月の時…

夏長らふも 秋来にけらし?

23日、お墓参りに出かけ、いつものように家族の墓を巡った。 それぞれのお墓の前で、それぞれに短く話しかける。それぞれのお墓の前で、私はかつての孫・娘に戻ったり、義理の妹・娘に戻ったりする。ただの私…つまり血のつながった私、普遍的な記号化された…

真実のつぶやき。

14日は朝から、十月の歌舞伎座のチケットを手に入れるために電話をかけたり、パソコンに向かったりした。何とか購入することができたけれど(人並み以上に労力と時間がかかるのは、私の処理能力が落ちたせいだ)、3階席はすでに売り切れていて、1階席の奥の…

「私にはもう、未来に期待する気力が残っていません」

痛烈に響いた。 今朝の『朝日新聞』に市川沙央さんの文章 ー「共生の未来」誰とともにー が掲載されていた。 「私にはもう、未来に期待する気力が残っていません」 その痛烈な文章の最後に刻まれた言葉だった。 読み終わって、「思考の不徹底」について、私…

残暑の赤い月。

8日の3時、目覚まし時計に起こされて、用意しておいたカメラをつかみ、西のベランダに出た。 寝ぼけ眼が一気に冷めた。『おぉ…赤銅色だ!』 ビルの合間に浮かぶ不穏な色の月を飽かず眺めた。平安時代ならば、天変地異や政変の予兆のように不安を呼び起こし…

美男におはす夏木立かな…。

24日、浄楽寺収蔵庫改修の落慶法要に出かけた。厳しい残暑の疲れも忘れて、喜んで三浦半島まで足を伸ばした。 電車とバスを乗り継ぎ、芦名の地に降り立つ。これまで訪ねた時と違い、訪れる人々は法要の参加者だけのようだった。浄楽寺本堂に入り、内陣の前に…

短い夏休み。

17日、家族が2か月ぶりに伊豆高原に出かけた。待ちに待った私の短い休みが到来した。さぁ、何をしよう! 【8月17日】本を読み、部屋の片づけ(ささやかな配置換え)をした。ルーティンの家事は無い。夜更けたら、好きな時間に寝る。朝も好きな時間に起きるん…

夏と秋…行きつ戻りつ。

お盆明けの今、夏の残りと秋が入り混じり、暑気あたりの身体は疲労の沼につかったままだ(朦朧とする頭で『一次元の挿し木』は読み終わった。ただ、残念なことに読書の充実感は無かった。DNA・人類学などの素材に期待して読み始めたのだけれど…)。 朝から室…

その映画から73年であり、戦後80年である2025年夏。

11日朝、雨が降ったりやんだりするなかを図書館に向かった。『禁じられた遊び』が上映される会場には、映画が製作された頃に生まれた年代と思しき人々…私も含め…の姿が多かった。私は昨年の『第三の男』と同じように、今回もまた、初めて観る映画のように見…

夏の翳り。

夏…意識がかすんでゆくような特有の白い光。立秋となって、その白い光が翳った。 9日、蝶のモニタリングで総合公園に出かけた。蝶の姿を探しながら、園内の小道を進んでゆく。周囲の木々から蝶のように舞い降りてくる葉の音に、かすかな秋の気配があった。…

7月の蝶とトンボ

今春から蝶のモニタリング調査作業を始めてみた。蝶を追いかけるのは大好きでも、それぞれの名前などほとんど分からず(家族に何回教えてもらってもきちんと覚えられない)、まったくの素人だというのに。 こんな私の調査など役にたたないだろうなぁ…何だか…

再びカンボジアをふりかえる憂鬱な日。

25日の朝日紙の報道によれば、タイ・カンボジアの国境付近の戦闘が激化しているという。 先日、アンコールワットの旅の思い出をふりかえった時、このような不穏な気配は感じていなかった。 再び2019年の旅で国境付近のプリア・ヴィヘア寺院遺跡を訪ねた時の…

大江公資とその子孫の所領について。

これまで、歌人相模の歌や研究者の論考などを読みながら、大江公資という人物のイメージを私なりにぼんやりと思い描いてきた。 たとえば、 *学者としてではなく、受領国司としての能力を発揮した人(任地先で庄園や牧を経営し、富を蓄えることに成功した人…

旅の追記。

2019年にカンボジアを旅した。その記憶をenonaiehonに書きとめた時、カンボジアの遺跡保存に日本の多くの人々が係わってきたことに対し、見学する側からの感謝の気持ちを記さなかった。 2025年初夏になって朝日紙の朝刊に石澤良昭氏のインタビュー記事が連載…

歌人相模と”紀三郎”がたどった道筋

『秀吉と利休』(野上彌生子 中央公論社)の中に次のような一節があり、興味を持った。 「…聚楽第からだと たっぷり二里はある伏見まで、淀川下りの朝の船におくれまいとして五條橋で加茂川をわたり、東洞院、九条、東竹田と昔ながらの街道をいそぐにつれて……

旅で置き忘れてしまった本のこと。

『秀吉と利休』…この小説を読むことができて良かった。読みながら凄い小説だなと感じた。そんなふうに『凄いな…』と感じたのは石牟礼道子さん以来だ。それぞれがどう凄いのか、それを説明できないのがもどかしい。 石牟礼さんが書くものは、彼女の魂が触れた…

百済観音像に思うこと。

百済観音像についての自分の想いを、これまで何度書こうとも、言い表すことなどできなかった。 以前、『百済観音』(浜田青陵 平凡社 1970年)を読み、次の記事を書いた時も、自分の想いをはっきりと形にできなかった。 ~考古学者の「百済観音」 - enonaieh…