夏…意識がかすんでゆくような特有の白い光。
立秋となって、その白い光が翳った。
9日、蝶のモニタリングで総合公園に出かけた。
蝶の姿を探しながら、園内の小道を進んでゆく。
周囲の木々から蝶のように舞い降りてくる葉の音に、かすかな秋の気配があった。
小道に漂う風も寂し気で、ここでは早くも夏が翳りはじめているのだ。
高い木々の間を縫って飛び回る蝶はアゲハ蝶ばかりだった。
期待はしぼみ、もしや?…と思った(何となく、ベニシジミたちが飛ぶあのスポットがすでに刈り込まれているように感じたのだ)。
私の余計な不安の通り、ベニシジミたちが見え隠れしていた草むらは跡形もなく消えていた。
がっかりして調査を終え、赤松の根本の石に腰を下ろして調査票に記入していると、突然、「何をしているんですか?」と声をかけられた。
不意をつかれ慌てた。調査内容について、その年配の方にたどたどしく説明した。
__公園内は緑が多いけれど、余りにも管理が行き届き過ぎていて、蝶たちの住みかが少なく思えること。鳥も、カラスやムクドリやハトなどが目立って多いように感じることなども。
「大変ですねぇ」とねぎらってくださったあと、その方は「今日、園内の掃除をしたのだけれど、今年は秋が早いのか、いつもより落ち葉が多いように感じましたよ。蝶からも、そういうことが分かるんでしょうかねぇ?」と私に尋ねた。
蝶にも気候にも詳しくない私は、要領を得ないことを話した。
__季節や気候の変化で蝶の飛び方が変わるものなのか、自分には分からないこと。でも園内を歩いてみて、今日は風や葉の落ち方がいつもと違っていて、暦通りに秋を感じたことなど。
その方が去ったあと、園内の掃除をされていることを先に知っていれば、”余りにも管理が行き届き過ぎていて”とは言わなかったのに…とちょっと後悔した。
そして、今日、私と同じように”秋の気配”を感じた人がいたことをちょっと嬉しく思った。
帰り道、図書館に寄って予約していた本を借りた。
『一次元の挿し木』…私がこれまでほとんど読んだことのないジャンルの本だった。
テーブルに本を起き、椅子に腰かけ、真新しい文庫本を開く。
汗で濡れたシャツが背中に冷たく張りついているのをパタパタさせながら、読み始めてみた。冷房の効いた部屋での読書…日中はいつも室温30度以上の居間で、頭から湯気がのぼるような暮らしをしている私にとって、天国のような環境だった。
この話はこれからどのように展開してゆくのだろう…と思えるほどには読み進めることができた。名残惜しかったけれど、小さな本を閉じて再び夕方の街に出た。
冷房で冷え切った身体には、西陽の熱が心地よいほどだった。
夏がこのまま翳ってゆけば、家でも読書できるようになるかもしれない…そう思った。
ガマの穂(総合公園):根本の石の上でシオカラトンボが休んでいた。
重そうなオレンジ色の実(総合公園)
夏の小さな薔薇(美術館前で)