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私の第三十四夜をつづります。

歌人相模の初瀬参詣推定ルート(20231121):”南海道”の「河内六寺」を訪ねて(2)

 

今回の旅は事前の勉強が足りなかった。

それでも、何はともあれ「柏原市立歴史資料館」に行きさえすれば、きっと「龍田道」について詳しく知ることができると信じて出発した(帰宅後、柏原市立歴史資料館 館長が執筆されたweb上のコラムをきちんと読みこなしていれば…と後悔した。次回の旅に向けて反省…)。

想像していた通り、歴史資料館では的確なご教示、詳しい資料などをいただき、これまでモヤモヤしていた問題点が整理され、「龍田道」の世界がスッキリと開けたように感じた(こうしたモヤモヤしたものが晴れてゆくという経験は、本当に宝物のように貴重なものだ)
また、「河内六寺」探訪ルートの goal 近鉄・法善寺駅)から、王寺の宿に帰るために、堅下(かたしも)駅からJR・柏原駅に向かう途中で、ふと「柏原市立図書館」が在ることに気がついた。
迷わず図書館に入り、係の方に尋ねると、「龍田道」についてのさまざまな資料を探してくださった(コピーをしていただく間、閲覧室の柱に掲げられた「図書館の自由に関する宣言」が目に入った。読みながら、その高らかな言葉が心に響いてきて、とても感動してしまった)
こうして、さまざまな方々に出会い、助けていただいて、不勉強ながらも何とか無事に旅を続けることができた。

それにしても、大阪・奈良・京都を旅するごとに、その歴史の奥深さに圧倒されるばかりだ。その底知れぬ歴史的堆積の圧力で無知(無智?)な私は押し潰されそうにもなるけれど、旅先で出会う方々のやさしさに救われている(道に迷っては逢う人ごとに尋ね、教えていただくことも含めて)。本当にありがたいと思う。

【個人的map:南海道沿いの「河内六寺」を訪ねて】(再掲)

                                          

 鳥坂(とさか)寺跡:「鳥坂寺跡」金堂付近の現(説明板によれば、奥の社叢の天湯川田神社は「鳥坂寺塔跡」。手前の緑はブドウ畑?):
いつか改めて、天湯川田神社も訪れてみたい。

◆「鳥坂寺跡」付近から河内平野を望む(左手にアベノハルカス、右上空に自衛隊大型輸送機)
四天王寺を訪ねたことを思い出す。平安時代、ここから四天王寺も見えただろうか。


②「高井田駅⇔近鉄安堂駅 」の道標〔 雁多尾畑(かりんどおばた)と安堂を結ぶ道〕
歌人相模が、安堂から雁多尾畑(かりんどおばた)経由の「龍田道」を選んで「あとむら」に向かった場合、もしかすると、この坂道を向こうから登ってきたのかもしれない…(いったい、どのような姿・形、どのような声の女性だっただろう…妄想は止まらない)


 家原寺跡(小さな広場のような四つ角から):
右奥のお寺の手前に安堂会館(この写真には写っていないけれど)があり、その一帯が家原寺跡のようだ。平安時代、現在の東高野街道に重なるように想定されている南海道を使ったのはどのような人々だったのだろうか。寺院・神社が並ぶ山辺の細い道筋…「業平道」の伝承が残るような道…を通ったりもしたのだろうか。


④ 「智識寺」の塔心礎が置かれる石(いわ)神社:
境内前の「智識寺」説明板や、住宅街の中の説明板も見逃した。事前の不勉強がこうした失敗につながるのだった。

智識寺東塔の礎石と説明板               

柏原市によるweb上の解説( 智識寺 | 大阪府柏原市 (city.kashiwara.osaka.jp) )には、智識寺が1086年に倒壊したこと(『扶桑略記』の記述内容)が記されていた。とすれば、11c前半の歌人相模は…私が妄想する初瀬参詣ルートをたどったのであれば…南海道筋に建つ智識寺の倒壊前の姿を眼にしていたに違いない。

 

 智識寺跡(「智識寺址」の碑)
不勉強な私は、「知識(智識)」についても、うろ覚えだった。また、帰宅後、「知」と「智」の違いについて、今さらながら考えさせられた。


「業平道」の碑:
このような石碑の存在をまったく予想していなかったので、思わず目を見張ってしまった。「ちはやふる 神世もきかず 龍田川 から紅に 水くくるとは」と刻まれているのも嬉しく感じた。
帰宅後に「業平道」について調べると、やはり narihira-a3 (city.kashiwara.osaka.jp) で、詳しい地図まで制作されていたのだった柏原市…つくづく凄いな)


⑦ 山下寺跡:
案内板・説明板が設置できない環境のようで、漠然と撮影したけれど…このあたりが該当するのだろうか?

 

 大里寺跡:
坂を登って見下ろす形で、このあたり?と撮影してみた。左手のマンション真下の平らな緑がかつてのブドウ畑の名残だろうか?


 三宅寺跡:
小さな広場の先には若倭彦(わかやまとひこ)神社。その奥には小さな川が流れ、やや下った地形で終わっているように感じた。


≪追記≫
旅のお土産として、途中で地元・柏原市のワインを買った(工場の前…「河内六寺」の⑤と⑥の間…を通り、近くにある直売所を教えてもらい、立ち寄った)。以前、雁多尾畑を歩いた時から、ブドウ畑が気になっていた。背負うリュックが重くならないよう、ハーフボトルを選び、大事に持ち帰った(赤と白、どちらにするか、かなり迷った。美味しそうだけれど、まだ飲んでいない…)

~減少してゆくブドウ畑と柏原醸造ワイン~