前回、唐突に”平等院”と比較したバンテアイ・スレイは、ほとんどのクメール寺院と同じように、東向きに建つ。
三重の周壁で囲まれたバンテアイ・スレイは、おもに中央祠堂(中央・北・南の三塔と前殿)、その手前の左右に建つ経堂(北・南の二堂)で構成されている。
今回まとめた女性像は、その中央祠堂の北塔・南塔の壁面に、左右に並び立つ形(扉をはさんで2名が向きあう形)で彫刻されている。
また、中央塔の壁面には、衛兵のような男性像が(各2名ずつ計8体)彫刻されている。
(女性像が”デヴァター(女神)”と呼ばれるように、男性像は”ドヴァラパーラ(門衛神)”と呼ばれるようだ)。
中央祠堂の16体の女性像は、それぞれ個性を持ちながらも、ごく明確な形式で統一されている。
そのわずかに頭をかしげ、何かに耳を傾けているような表情。
細かく編み上げられたような髪(頭巾?)、そして花飾り。
広く平らな額、しっかりとした輪郭の顎。
厚い唇の口角に笑みを刻んだ豊かな頬。
涙袋が刻まれた切れ長のアーモンド・アイ。
異様に長く垂れた耳、そして花飾り。
首に深く刻まれた”三道”。
肩巾(ひれ)のように掛けられた飾り紐。
飾り紐をたぐるような太い指先。
蕾をつけた蓮の小枝を持ちながら下ろされた長い腕。
太い腕釧や足釧、そし臂釧や胸飾り・腰飾り。
おへそを覆うように巻かれ、太ももや膝頭・脛が浮き出るほどに薄く織られた腰布。
軽く捻られた腰と、そのバランスをとるように少し開かれた足元。
こうしてみると、どこか仏像彫刻に通じてゆくような造形でもある女性像…他の寺院の女性像が、群像のなかの一つ、という印象であるのに対し、バンテアイ・スレイの女性像は個別の存在感を持つように感じられた。
~南塔の女性像(全8体)~
女性像は、東・西・南・北の四面各面に2体ずつ配置されている。
【写真9~16:東面9・10→北面11・12→西面13・14→南面15・16 の反時計回りの順で】
写真9
写真10
写真11:
この南塔北面に立つ女性像の眼も、北塔南面に立つ女性像(前回の写真8)
の眼に良く似ている…と思う。
写真12
写真13
写真14
写真15
写真16
それにしても、こうした女性像で、首に”三道”が深く刻まれていることの意味は何だろうか。
ヒンドゥー教寺院であるバンテアイ・スレイが、ごく私的な菩提寺のような存在であったと想定した場合、その造立者の精神世界のなかに、仏教的信仰要素が並存していたためなのではないだろうか?…そんなこともつい妄想してしまうのだけれど。