八幡平も鳥海山も、ずっと名前だけを知る山だった。短い旅を通して、そうした山々が少し見知った場所として思い出せるようになるのは嬉しい。
八幡平にまだ雪が残っていることは聞いていた。そして、それは予想以上に深く残っていた。
底の磨り減った私のドタ靴は雪の上で滑り続ける。足元の斜面下に口を開く湖へ転がり落ちそうな恐怖が続いた。せっかくの雪景色を楽しむどころではない自分にがっかりする。
そんな八幡平の雪の斜面を八幡沼に向かって滑降する人の姿があった。何のためらいもく、沼に向かって急斜面を滑り降りて行く。私が感じ続けた恐怖感が薄れるほどに、楽しそうに…。
帰ったら、今度こそ新しい靴を買おう…強く、そう思った。
緑がしたたり、雨がしたたり、林は雨を通して呼吸しているように思えた。今、ブナの幹を流れ落ちる雨、その葉の波うつ縁どりがなつかしい。
残雪と鏡沼(岩手県 八幡平)