enonaiehon

私の第三十四夜をつづります。

発掘速報展:六ノ域遺跡第20地点

 

先月3月20日平塚市博物館春季特別展『掘り起こされた平塚Ⅳ-姿をあらわす遺跡たち-』に出かけ、昨日は再び、その会場に足を運んだ。
(考古分野として実に久しぶりの特別展は、これまでにない新鮮な見せ方で展開していた。おかげで、干からびて蜘蛛の巣が張っていた私の脳味噌に、担当学芸員の方の若々しい熱量を分け与えてもらったように感じた。)

その斬新な特別展の会場内には、「六ノ域遺跡第20地点」の発掘速報展…2月27日の現地見学会以来ずっと待ち続けていた…が新たに併設されていた。

そしてそこには、地域情報紙(『タウンニュース』3月31日号)の記事で紹介されたばかりの出土資料「瑞花双鳥文八稜鏡」…2月の現地見学会では言及がなかった特殊な遺物…を加えた形で、柳葉式銅鏃、青いガラス小玉、青磁白磁片、陰刻花文が施された緑釉陶器皿、珠文・飛雲文がくっきりと残る軒平瓦(⇒【追記メモ 】)、須恵器坏・蓋、土師器皿などが展示されている。

個人的には、八稜鏡の解説文に書かれた「11世紀前半頃の所産」という年代観が、歌人相模が大江公資とともに相模国に下向した時期にあたることにドキドキしてしまった(ただ、遺構に伴う出土ではなく「包含層出土」とのことだったので、実際に使われた時期には幅があるのかもしれない。『誰がいつ頃、どのように貴方を使ったのでしょうか?…鏡よ鏡、どうぞ教えてください!』)

*2月の現地見学会では、出土資料について、写真をブログ等に載せない条件で撮影することが許された。
 今回4月の速報展でも、フラッシュ禁止という条件で撮影が許された。
ただし、ネット掲載の是非については気後れして聞きそびれた。なので、ここでは控えめに掲載してみた。もし館の決まりとして、ネット上での掲載が不可であった場合には、後日、削除することになるのかもしれない。いつも悩ましい…。)

以下、速報展で撮影した写真の中から、数枚を忘備録として…控えめに…残しておきたい。

六ノ域遺跡第20地点の調査概要報告

f:id:vgeruda:20220403142457j:plain

 

f:id:vgeruda:20220403143225j:plain


「瑞花双鳥文八稜鏡」の解説文

f:id:vgeruda:20220403143313j:plain

「瑞花双鳥文八稜鏡」の側面

f:id:vgeruda:20220403143402j:plain

「瑞花双鳥文八稜鏡」の背面:『タウンニュース』3月31日号の報道記事(一部)から

f:id:vgeruda:20220403160259j:plain


緑釉陶器皿:陰刻花文のやわらかさはいつ見ても美しい。
f:id:vgeruda:20220403143450j:plain



【追記メモ】その”花の蕾”のような文様に見覚えがあった「軒平瓦」について、現地見学会のあと、少し調べてみた。その”飛雲文”と思われる文様の軒平瓦の出土遺跡として、次のような出土例があった…素人の私が調べた限りで…

平塚市内〕

◇高林寺遺跡第1地区第2地点(四之宮下郷第1区)*1点

◇高林寺遺跡第5地区 *2点

◇湘南新道関連遺跡:六ノ域遺跡第14地点 *1点

◇湘南新道関連遺跡:大会原遺跡第4地点 *1点

◇湘南新道関連遺跡:坪ノ内遺跡第7地点 *1点