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私の第三十四夜をつづります。

所蔵品たちの境遇。

 

地方財政の厳しい現状のなかで、美術館・博物館の学芸員さんたちは理想と現実の gap に悩み、葛藤の日々を送っていることだろうな…と、これまでも感じてはいた。

しかし今日、一連の報道記事毎日新聞:【美術品を「粗大ゴミ扱い」大阪府が地下駐車場で105作品保管】、【「デジタルで見られるなら処分も」地下駐車場美術品で大阪府特別顧問】、【地下駐車場の美術作品をどう守る? 大阪府に専門の学芸員不在】等々)を読み、大阪府には美術専門の学芸員が存在しない(?!)ことも知って驚愕した。

気になって、ネット上で都道府県別学芸員数・美術館数・博物館数ランキング(人口10万人当たり、2019年5月調査)を観ると、確かに学芸員数・美術館数・博物館数の全てで、大阪府は全国最下位に位置づけられていて、さらに驚いた。

私はかつて大阪市立美術館を訪ねた際、そのたたずまい・雰囲気に、歴史・文化の蓄積の一端を感じ取ったように思った。
しかし、そのように魅力的な大阪市立美術館中之島美術館との統廃合の危機を免れて…存続する一方で、大阪府が数年間も収蔵品たちをそうした境遇に放置してきたなどとは…。

行政と政党とが一体化しているように思える大阪府だからこそ、”身を切る改革”のなかで、収蔵品たちは府庁舎地下駐車場に置き去りにされてきたのだろうか?

いや、この問題は、私が暮らす神奈川県においても無縁のことではないように思う。
地方の小さな博物館・美術館も、日々の入館者数を気にしながら、細々とした予算のなかで、知恵を絞りぬいて、渾身の運営をしているに違いない。
国立科学博物館でさえも、クラウドファンディングに頼らざるを得ない現状で、その呼びかけに7億円近い寄付が集まったことに希望を持って良いものやらモヤモヤする。)

収蔵スペースの不足、建物の老朽化問題、人員不足…すべて予算に係ってくる問題ばかりで、しかも、文化・芸術に対する価値観や、それを守り育てる経費についての人々の考え方は一様ではない。
ままならない社会…結局は、政治のあり方に行き着く。
私たちが抱えるさまざまな問題について、話し合い、少しずつ見直し、修復し、より良い形で持続させてゆく…地道でまどろっこしいけれど、威勢の良い改革の掛け声にまくしたてられ、踊らされたくないと思う。
(だからこそ、選挙での1票は大切に使いたい。大阪府庁舎の地下駐車場でやむなく暮らし続けている収蔵品たちの境遇について、”自己責任論”をふりかざしかねない政治は御免こうむりたい。