梅雨明けの陽射しが降りそそぐ道を、朝から奥の院へ向かう人は一人もいないようだった。途中、近づいてきた車の女性が、車の中からにこやかに声をかけてきた。夏の平日、この道を奥の院に向かう人は珍しいのかもしれない。
谷合いの水田の上を、夏の風が次々と渡る。風の波が稲穂の海の色を裏返してゆく。広くはないけれど、豊かな緑の海。人の営みの確かさに感じ入ってしまう。
ゆるい上り坂に沿って水路が続く。水は豊かな音を立てて走り抜け、田んぼのそれぞれに忙しく分配されてゆく。昔、奈良の桜井を歩いた時、これに似た豊かな水の音を聴いたことを思い出した。あの時は、やはり音を立てて流れる側溝の水に、木材のかけらがクルクルと回転して、あたりに木の香りが漂っていた…ように記憶している(私の記憶の作り替えでなければ。香りや光線の射し方というものは、なぜか記憶の深いところに棲みつき、脈絡なく断片的に残り続けるのだ)。
辿りついた奥の院では、緑陰のひと時をゆっくり味わった。
午後になって見学した修禅寺宝物館では、結局、期待していた「緑釉製輪花口縁六器」を見ることはできなかった。ただ、「金銅製蓮弁装独鈷杵」の輝きを確かめることはできた。また、奥の院への道では思いがけず、「七夜待ち」の碑というものを見ることができた。図書館通いでは得られないものだったと思う。
稲穂の海
湯舟川
湯舟川沿いの「いろは道」を振り返る(奥の院手前の「す」道標)
透明な翅が美しいミヤマアカネ
奥の院「阿吽の滝」
七夜待ちの碑(十七夜~二十三夜)