これまで、歌人相模の跡を追うなかで、「内裏相模」・「三宮相模」など、今までまったく知らなかった女性たちが姿を現し、寄り道での出会いの楽しさを知った。その寄り道では、「大内惟義」や「源義家」とも出会うことになった(ちなみに…だからといって、何も意味しないのだけれど…「大内惟義」は「源義光」の曾孫にあたる)。
今回の「源義光」との出会いも、机の上では味わうことができない寄り道の楽しさの一つだった。とはいえ、昼なお仄暗い山中を一人歩いて行き着いた墓所ということもあり、近寄りがたいものを感じたりした。そのこんもりとした塚は、背後に美しく組まれた石垣を控えていた。そして、“奥つ城”らしい空間でありながら、安らかで鎮まった印象とは異質の暗さのようなものがあった。同じように比叡山の裳立山山中に、琵琶湖に向かって築かれた紀貫之の墓所には感じられなかったものだ。たぶん、その時の私の不安な気持ち…誰一人歩く人のいない見知らぬ山道への不安…が投影されていたのだ。
小ぶりの石で組まれた石垣