enonaiehon

私の第三十四夜をつづります。

言葉に立ち止まる

 最近、耳や目にした言葉。すぐに消えてゆかずに、記憶の網に引っかかった言葉。
 
~「どうか人は右、車は左でお願いします…」「みなさん、交通事故で死なないでください…」~
 私が毎日行き来する細い道で耳にしたつぶやき。
 そのつぶやきは繰り返された。
 独り言にしてはやや大きいのだけれど、つぶやくように控えめに発せられた言葉。
 『この人の身に何かあったのだろうか…それとも酔っているのだろうか…』などと思案した。
 
 次の日もその人に出会った。
 今度は細い道の向こうから歩いてきた。
 やはり、同じ言葉を同じようにつぶやいていた。
 左側を歩いていた私は慌てて右側へと移った。
 男性は酔っているわけではなさそうだった。
 その言葉が、私の耳の中で、何度もこだました。

~「ただ ひらすら」~
 私が購読している新聞のコラムで眼にした誤植。
 『そうか、RとTのキ-は隣り合っているものね…』と思う。
 他人が見過ごした誤植を眼にすると、ちょっとがっかりしたりする。
 そして、そのたびに自分が若い頃に仕出かした失敗の思い出が頭をよぎる。
 「持続天皇」…三校を経ても、もれてしまった誤植。
 自分の眼を信じられなくなった初めての大きな校正ミスだったから、40年以上経っても忘れられない。
 「持続天皇」…ガツンと来た衝撃を胸に刻み、「ただ ひたすら」にザル眼を凝らしても、そもそも”見落とし”は”落とし穴”に潜んでいるらしく、その後も私の校正ミスは”持続”した。

~「おれは なにも視(み)なかった」~
 やはり私が購読している新聞に載っていた詩の中の言葉。
 若い詩人の声が聴こえてくるような気がした。
 「なにも 視ようとはしなかった」私も、その詩が描き出した空間を歩いたことがあるような気がした。