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私の第三十四夜をつづります。

笛吹川左岸の仏たち

 10月1日の朝、台風一過の青空が広がった。
 待ちに待った朝…山梨県に残る慶派円派の仏師の手になる仏像、そして蓮慶とされる仏像を訪ねるツァーに参加する日だった。持って来いの天気だった。
 
 しかし…台風の爪痕について能天気でいたのは間違いだった。
 6時半、平塚駅の改札口前は人々であふれ返っている。
 にわかに鼓動が早まった。頭の中で暗雲がぐるぐると渦巻きはじめた…JRが動いていない…。
 ここで運転再開を待つのは、座して”置いてけぼり”を待つということだ。
 すぐに、バス・私鉄の4線を乗り継いで鶴見に向かうことにする。
 
 本厚木~海老名~横浜の乗り継ぎでは、走るべきは走り、駆け上がるべきは駆け上がり、久しぶりに死に物狂いになった。
 ただ、そんな個人的な必死の事情とは無関係に、バスも電車も淡々と…急がず慌てず…進むだけだった。
 飛び乗った相鉄線の車内で時刻を何度も確かめながら、『あぁ…とうてい間に合いそうもない…』と観念した。”置いてけぼり”を覚悟した。
 
 それでもしかし、私は”置いてけぼり”にはならなかった。
 事務局の判断で、集合時間が1時間延長されたのだ(その朝、必死な思いをしたのは私だけではなかったらしい…)。
 9時半、私は山梨県に向かうバスのシートに座っていた。
 3時間に及ぶ悪夢から醒め、こうして無事に出発できるとは…。
 何という疲労感と安堵感…すでに一日分のエネルギーを使い果たした気分だった。

 バスは出発遅れと渋滞のため、予定時間を大幅に書き換えて甲府盆地に入った。
 蓮慶などの慶派仏師、また円派仏師の手になる仏像群は、その甲府盆地を南西に流下する笛吹川の左岸流域に残っていた。
 訪ねた寺は三つ(現在、三寺とも真言宗智山派)。
 巡った順番に、 
 *大善寺勝沼町笛吹川支流の日川ひかわ沿い):
   天禄2(971)年、三枝守国が建立したとされる。本堂(薬師堂)は柱の刻銘から、弘安9(1286)年に立柱されたことが分かっている。本尊・薬師三尊像は平安初期造立。

 *放光寺(塩山市笛吹川沿い):
   元暦元(1184)年、甲斐源氏安田義定が建立したとされる。
   (ご住職の詳しい説明のなかで、「安田義定」が”新羅三郎義光の孫”と伝えられていることを知った。また、彼の屋敷が鎌倉の大倉幕府付近にあった、ともうかがった。12世紀の甲斐国に生きた「安田義定」という人が、にわかに身近な人に感じられた。)

 *福光園寺ふっこうおんじ (御坂町笛吹川支流の天川てがわ ・玄済川上流域):
   保元2(1157)年、大野重包 しげかね が再興、賢安上人が中興開山とされる。

 三寺について、拝観した仏像群は、
 ◆大善寺
   :薬師三尊像(平安時代初期)
    木造薬師如来立像・木造日光菩薩立像・木造月光菩薩立像
      :木造十二神将立像(鎌倉時代・嘉禄3年~安貞2年=1227年~1228年)/蓮慶
      :木造日光菩薩立像・木造月光菩薩立像(13世紀)

 ◆放光寺
   :木造金剛力士立像(鎌倉時代初期)
    阿形像・吽形像 
      :木造大日如来坐像(12世紀後半)
      :木造愛染明王坐像(平安時代
      :木造不動明王立像(平安時代後期)
   木造毘沙門天立像(平安時代後期から鎌倉時代にかけて)

 ◆福光園寺
   :吉祥天および二天像鎌倉時代歓喜三年=1231年)/蓮慶
    木造吉祥天坐像・木造持国天立像・木造多聞天立像
   :石造吉祥天立像
   :木造香王観音立像(平安時代

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大善寺本堂(薬師堂):
張りめぐらされた五色幕、境内に飾られた鉢植えのブドウなど、御開帳の華やかな雰囲気が漂う。また、公開されている薬師三尊像を守るように、堂内では護摩が焚かれていた。

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大善寺薬師堂の屋根(寄棟造・檜皮葺):
重厚な屋根であるのに、反りは軽やかで小気味良い。頂上の”越し屋根”のような飾り屋根が印象的だ。

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大善寺境内からの眺め:
地図を見ると、寺は、JR中央本線勝沼バイパス・中央自動車道が収斂する交通の要地に立地しているように見える。
また、寺から眼下を望む時、おのずと甲斐国分寺・甲斐国府方面が視野に入るようにも思える。

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金剛力士像を擁する放光寺仁王門:
「高橋山」の山号が掲げられる門には、264cm余の仁王様が足を踏ん張り、見得を切って控えている(今回、写真撮影が許された唯一の貴重な像)。

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仁王門の阿形像(伝・浄朝作):「浄朝」は奈良仏師の成朝か、と考えられているようだ。

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仁王門の吽形像(伝・浄朝作):両者を見比べて、仁王門の右左を行き来する。両者とも、明るく?親しみやすい?表情に見えてくる。

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秋の光のなかの放光寺本堂

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笛吹川を東へ渡る(バスの窓から):
台風の雨のためだろうか、水量の豊かな流れだった。

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夕方の光のなかの福光園寺本堂:
木が倒れたり停電が続く状況のなかをお邪魔した。
暴風の夜を経た今、本堂は夕方の光を受けて静かに落ち着いているようだった。

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福光園寺境内からの眺め:
大善寺と同じような眺望。こちらからは、北西の甲斐国府方面を望んでいることになるのだろうか。