enonaiehon

私の第三十四夜をつづります。

メモ(4):茅ケ崎市「北B遺跡」の墨書土器から。

 

10日、横浜に出かけた。その空き時間に県立図書館に立ち寄り、『香川・下寺尾遺跡群発掘調査報告書』(香川・下寺尾遺跡群発掘調査 2005年)を閲覧した。

高座郡家の祭祀場とされる「北B遺跡」の墨書土器の中に、「大住郡」あるいは「壬生」氏高座郡・大住郡の郡司層)とのつながりを示すような資料があるかどうか、興味があった。

結論として、残念ながら、その明確な資料は確認できなかった。
(次の表のように、該当資料は僅かな数に限られ、「壬生」氏との係りを裏付ける材料にはならないようだ。
なお「大住」・「住」については、全国36例中、平塚市相模国府域の12例、茅ケ崎市の香川・下寺尾遺跡群‐北B地区の4例が占めている〔明治大学 日本古代学研究所「墨書土器・刻書土器データベース」〕。かなり限定的な墨書・刻書例であり、奈良・平安時代高座郡・大住郡の官衙的な地域でまとまって出土することは、両郡…郡司層…の結びつきを考える材料の一つになるかもしれない…その全てが明確に「大住」・「住」と記された資料ではないので、いつものように妄想に終わる可能性が大きいのだけれど。)

ちなみに、相模国分二寺が置かれ、「壬生氏」の本拠地の一つとして想定される海老名市に本郷遺跡(古代の高座郡があり、「生」墨書土器の出土は56例となっている(神奈川県82例のおよそ7割を占める)

ただ、その時期については、出土数は僅かながら茅ケ崎市の北B遺跡(古代の高座郡がやや早いように思われること、また平塚市では真田・北金目遺跡群ではなく、国府域の遺跡(古代の大住郡)から出土すること…海老名市本郷遺跡と同じく、やや後れて出土すること…が興味深い。

なお、藤沢市南鍛冶山遺跡(古代の高座郡人面墨書土器(墨書文字「相▢▢大▢郡三宅郷(「相模国大住郡三宅郷)」)の出土例なども、古代高座郡と大住郡との郡を越えた関係性を物語る資料として想起される。

 

茅ケ崎市「北B遺跡」の「高」・「住」・「壬」・「生」・「主」墨書土器】   
             参考資料:明治大学 日本古代学研究所「墨書土器・刻書土器データベース」

          
一方、報告書では、9c中葉~後葉に出土のピークを迎える墨書土器について、次のように指摘されていた。
(前略)墨書内容は「田」が最も多い(25例)。類似する出土例としては真田・北金目遺跡群(若林ほか 1999)の水場状遺構が挙げられる。(後略)

この「田」墨書土器の出土例(私が確認できる範囲)は次の通り。
〔註:「田」のほかに、「田口」「田八」「城田」などの例も含めた。人名・地名の可能性がある多文字の例は除外した。〕

*真田・北金目遺跡群:42例(『真田・北金目遺跡群』平塚市博物館平塚市社会教育課 2013年)
相模国府域‐構之内遺跡:4例(『平塚市内出土の墨書・刻書土器』平塚市史編さん担当 2001年)
相模国府域‐六ノ域遺跡:1例(『平塚市内出土の墨書・刻書土器』平塚市史編さん担当 2001年)
相模国府域‐神明久保遺跡:1例(『平塚市内出土の墨書・刻書土器』平塚市史編さん担当 2001年)

 

そこで、古代相模国の「田」墨書土器出土遺跡を、下表のとおり、郡別にまとめてみた明治大学 日本古代学研究所「墨書土器・刻書土器データベース」)
出土遺跡は、地域的・性格的にやや偏った分布を示しているように思える。
「田」や「生」といった文字は、「十」「万」「大」「井」などのように、全国的に出土する墨書文字として、神奈川県内相模国の領域内)でも一般集落遺跡から数多く出土するのでは?と想像していたので意外に感じた。

 

【古代相模国の「田」墨書土器出土遺跡】
             参考資料:明治大学 日本古代学研究所「墨書土器・刻書土器データベース」

*郡別では、大住郡52例・高座郡40例(計92例)、愛甲郡5例・足下郡4例・鎌倉別1例(計10例)となり、相模国全体の9割を大住郡・高座郡が占める。
*出土遺跡には、相模国府域の遺跡群、香川・下寺尾遺跡群、本郷遺跡、南鍛冶山遺跡、下曽我遺跡や国府津三ツ俣遺跡など、各郡の代表的な古代の遺跡が名を連ねる。また”大きなムラ”の姿を示す草山遺跡など、内陸部の集落遺跡からも出土している。

このように、海老名市本郷遺跡(古代の高座郡では「生」墨書土器が多用され、茅ケ崎市北B遺跡(古代の高座郡平塚市真田・北金目遺跡群(古代の大住~余綾郡)では「田」墨書土器が多用されることをどう考えればよいのだろう? そこに、どのような人々が係わって活動していたのだろう?

農業開発に係るような”ムラ”の祭祀(地方豪族が係わる私的あるいは公的祭祀?)、都から波及される律令祭祀、人々の暮らしにまつわる民間信仰…実務的な墨書のほかにさまざまな要素が入り混じる墨書土器の在り方から、何を読み取ることができるのだろう。もう少し、妄想を続けてみたい。