enonaiehon

私の第三十四夜をつづります。

2012.4.29

 午後、散歩に出かけた。外出するために吸入器を使うのは久しぶりだった。不思議な気持ちだ。今また吸入器を使うようになった自分がなぜかなつかしい。子供の頃、眠れない夜に、握った吸入器をぎりぎりまで使うまいと、椅子に座って過ごした長い時間。その一人だけの暗闇、胸の喘鳴は私であることの証明だったからだ。
 その頃はメジヘラーイソという吸入器だった。今は名前は違うが、吸入器のしくみは半世紀経っても昔と変わらない。吸入して心臓が高鳴り、じきに天国に上るような快感を味わうことも。
 海へと続く道路を歩いていると、偶然、友人に出くわした。自転車を止めてサングラスを外して近づいてくる人が友人だった。驚いた。夏男の彼はすでに半袖の白いTシャツ姿だ。浜では生ビールが600円だったと言う。(飲んだのだろうか?) そして自転車の籠からキノコが4パック入った袋を取り出し、2個を「あげる」と言った。隣町の海岸で東北支援の売店があったらしい。多過ぎるからと言う。(夫婦二人、確かに4パックはちょっと多い。) 遠慮しつつも、ありがたくいただいた。日焼けとシミのこと、私の不調や彼のスレンダーな体型のこと・・・とりとめのない話をして「じゃ、またね」と別れた。
 久しぶりの海。砂丘を越えて急に波の音が迫る。海もまた、私であることを思い出す場所だ。海鳴りの音、潮風の匂い、繰り返される波の動き、夏の焼けた砂の熱さ、波間に隠れる兄の姿、見失う不安で海から眼が離せない私…子供の頃の記憶は何と新鮮なままだろう。今の時間に遠い過去の時間が重なる場所。眼の前の波が繰り返し寄せては消えて、荒い砂の表面に新しい跡を重ねてゆく。
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