enonaiehon

私の第三十四夜をつづります。

(無題)

 私が、自分というもののゆらめきの一部をブログという形で保存し始めたのは、2011年3月11日の大きな地震津波がきっかけでした。
 それまで、ブログというものに自分が一歩踏みだせるとは思っていませんでした。今でも、自分のブログのことを人に話せません。
 ただ一人、38年間という長い時間を共にしている相棒は、私が日々、ノートパソコンに向かって何かを書きこんでいることを知っています。その相棒も、私のブログを読んでいません。
 私も、相棒のホームページを開いたことがありません。親戚や友人や知人のsns・ブログを読もうと思いません。読む勇気がないのだろうと思います。読めるのは、全く面識のない人が記した文章ばかりです。
 その一方で、私は親戚や友人や知人に、自分の思いを記した葉書やメールを出します(読んでもらうために)。しかし、自分のブログを読まれることは望んでいません。自分がブログに記した独り言などを、見知らぬ人に聴こえるようにしながら、家族や友人や知人には聴かれたくないのはなぜなのか…。
 良くは分からないのですが、おそらく、ブログの中の自分の形は自己愛によって描かれた自分、自己愛によって切り取られた自分であって、現実の世界に顕れている自分の形と違っている…そのことに、ややこしい自己嫌悪を感じているからかもしれません。

 長々と言い訳をして、いったい、何を記したかったのかといえば、ただ、現実の世界に近い私の感謝の気持ちを記したかったのです。
 ブログを読んでくださって、しかもコメントを残してくださって、ありがとうございます。