enonaiehon

私の第三十四夜をつづります。

2016.6.9

 雨の少ない梅雨。日蔭を探すような日や、風の涼しい日が続く。
 
 8日、3回目の講義を聴きに鶴見に出かけた。試験もレポートもなく、ただ聴くだけで許される講義だ。大人になってからも、夢のなかで、突如”試験寸前!(きまって、数学の試験だった)”という状況に放り込まれては、絶望感と恐怖を味わっていた私にとって、何とも心安らかな時間だ。
 
 講義が始まる時間まで、前回と同じようにガラスのドーム天井の真下で本を読む。学生さんたちに語りかけるようなその文体もまた、新鮮な気持ち…無知ゆえのときめき、とでもいうような…を呼び起こしてくれる。
 著者の語りを聴きながら、自分はとうとう”哲学”というものに無縁の生き方だったことを思う。今、この時代、私が自分なりの”哲学”と言うものを持ち得ていたのなら、まっすぐに他者と対話することができたのだろうか…と思う。自分の考え方とはほとんど重なることのない、異なった考えを持った他者とまっすぐに対話することができる人であったなら、また違った世界を見ることができたのかもしれない…そんなことを思う。
 そして、現在の日本の政権を担っている人々に対する不信感と苛立ちを、まっすぐに言葉に表す力を持っていないことを情けなく感じるのだ。それは、やはり私に哲学も信念も欠けているからではないだろうか、と思うのだ。

ドーム天井を映す万華鏡のような窓
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