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私の第三十四夜をつづります。

旅のメモ:2023年11月20日(長岡宮跡を訪ねる)

朝の富士(11月20日 新幹線から)

 

11月20日、小田原で新幹線に乗り、京都に向かった。

前回の一人旅は2022年9月…京都からの帰りの新幹線では集中豪雨のために車内で1泊する羽目となった。今回の一人旅…無事に予定通りこなせるだろうか…。
不安と期待で張りつめた気持ちが、車窓から見えた富士の姿によって少しだけやわらいだ気がした。

私の一人旅の主な目的は、「歌人相模の初瀬参詣推定ルート」を右往左往しながら歩くこと。
今回は、ちょうど公開されている仏様たちを初日に訪ね、翌日は柏原市内の新高野街道(古代南海道を歩こうと計画していた歌人相模は初瀬参詣の往路として、当時の南海道をたどり、柏原市高井田で龍田道を越えたのでは?と妄想しているので…)
そして、3日目は帰り際に初瀬の紅葉(”初瀬参詣7首”のなかで歌人相模が詠んだ「鍋倉山」の紅葉)を見ておきたいと思っていた。

で、初日はまっ先に山科区・安祥寺、次いで長岡京市・乙訓寺をめぐり、その足で長岡宮跡を訪ねてから柏原市の宿に向かった。

山科の十一面観音さま。 - enonaiehon (hatenadiary.jp)

乙訓寺の仏様。 - enonaiehon (hatenadiary.jp)


静かで清らかな空間に住まわれる仏様たちに対面し、旅に出たことの全てが報われたような気持ちになった。せわしい気持ちが消え、ゆっくりと長岡宮跡まで足を延ばした。

国土地理院の gsi maps  を頼りに現地にたどり着く。

住宅街のなかに忽然とあらわれた不自然に広い公園…それが「長岡宮大極殿跡」の空間だった。

誰もいない公園の椅子でお昼をすませ(いつも持参のパンをかじるだけ


もがっかりする私の食事)
、回廊遺構跡や後殿(小安殿)遺構跡、宝幢遺構跡などを見てまわった。

かつて、大極殿には高御座が据えられ、閤門との間に宝幢が立ち並び…21世紀の今、その荘厳できらびやかな姿をイメージするのはむずかしいけれど、これまで馴染み薄かった長岡京・長岡宮にちょっとだけ近づけたように感じた。
(そういえば、先に訪ねた乙訓寺の境内には早良親王の供養塔が建てられていた。小畑川を隔てた長岡宮との距離感に、長岡京の歴史的景観の広がりを感じた。)

再び訪れる機会があったら、朝堂院公園や内裏公園をゆっくりと見学したい。

 

 乙訓寺の「早良親王供養塔」

 

大極殿公園で】

長岡京の説明板             長岡宮の解説碑

 

 後殿(小安殿)跡       回廊跡(一部復元)      大極殿の礎石の展示   

 

宝幢跡:復元表示として柱の一部が立つ。
この大極殿前庭に7本の宝幢が並び、正月の儀式空間を厳かに演出していたことを想う(宝幢の朱塗りが少し剥げてはいたけれど…)

 

「朝堂院公園」:情報と時間が足りず、公園内の案内所に立ち寄ったのみ…残念…(案内所の方にはいろいろと教えていただいた。こうした出会いが私の一人旅のご馳走だ)

 

大極殿のミニチュア復元模型 


模型の内部には高御座と天皇像まで置かれている。
延暦寺蔵の「桓武天皇像」だろうか? 凝っているなぁ…)

 

長岡宮朝堂院の出土遺物(史跡長岡宮朝堂院公園案内所で):
右上の土師器蓋形土器…つまみの付いた蓋…土師器では初めて見るような?