enonaiehon

私の第三十四夜をつづります。

第八夜に寄せて

 
風ふきて 濠に解かるる花の帯
 
汝が腕のぬくもりに沈み 冬の夢
 
松風にまじる鉄路の響き 海より届く
 
露すだく庭 花こそすがれ緑なまめく
 
日ざかりの庭 磔刑の向日葵
 
みの虫の午睡の風も静まりぬ
 
初雪の 幽けく心の庭に降る
 
欠伸して 鬱屈吐き出せと 春の空
 
ああ これが海 ひとり漂うクレタの波間
 
昼下がり シーツへんぽんとうらがえす夏の風
 
真昼間の夏の光の静もりて 涼やかに照る月に湯浴みぬ
 
月凍り 鳥の音乾く 灯芯の空
 
天に向け 吾ここに居りと 手をあげる
 
小手鞠の蕾々の朝露の 雲間の光にゆれてささめく
 
ミレーの虹よみがえる南風 鉛色の空に花水木ゆれ 
 
熱雷雨 人魚も姫も髪光る
 
風よ風よ弾かせておくれ 
     ヒマラヤ杉にはコンツェルト 
           ポプラだったらスケルツォ
 
小暗闇に消えて漂う 猫の白い尾
 
夜の駅に聖母子たたずむ かなたから雪
 
笛鋭く 時空を裂きてよみがえり 増の女の白き爪先
 
音たててこぼれるほどに露いだく薔薇 香りも色も重き一輪 母の視界に運ぶ
 
夏終わる と風琴の声にふりかえる
 
降りこめて ただうつむいて すみれ咲く
 
こほろぎや 不眠をかこつ 月明かり
 
マヌカンの語らふ視線にたじろぎ 暮れる秋
 
ヴェルディのアリアに運ばれ 夫の脳ずるずると沈む夜の沼
 
秋来ぬと 光も音もさやかに告げて 空白の夕べに風充ちる
 
強い雨音は耳の隧道を抜け 心の地下洞窟まで響く
ひんやりと静かな水たまりが見えてくる
 
今朝 白木蓮の花ひらく 空ふるひかりを受けとめて
 
春の野に白い湯気這う 土の呼吸するごとく
 
夏果てて 湯を浴む音のあたたかさ
 
心欠けて 月しらしらと照りのぼる
 
地震の夜半 甍を銀に 月歩む
 
<今も月は遠い海辺に眠る死者、傷ついた人の枕元を照らしている。その月の光、暗い海はとぎれなく私の住む町へと続いている。月は語らぬ言葉を光にして歩んでいく。>