enonaiehon

私の第三十四夜をつづります。

日記

初夏の山道で②

久しぶりの山歩きの1日目は「様似山道」という古道を辿った。瀬を渉り、登っては下り、ひたすら歩いた。カメラの出番がほとんどないまま、歩き通した。天気は下り坂でゴール前に雨が降り出した。 2日目はアポイ岳に登った。天気は回復し、日射しが戻ってきた…

初夏の山道で①

5月の末、久しぶりに山歩きに出かけた。林の中の木洩れ日。尾根道を渡る風。ともかく嬉しかった。張り切って登った。ただ、低山とはいえ、3日続けての早朝からの山歩きは、思わぬ不調をもたらした。 2日目・3日目の登頂後、両掌に激しい蕁麻疹が出た。強烈な…

”今日よりは 顧みなくて america の 醜の御楯と 出で立つわれは”

今朝もベランダには初夏の陽ざしがあった。ふだん通りの時間が流れているのに、そこに漠然とした不安も潜んでいる。 今朝の朝日新聞のTOP記事…23日に行われた日米首脳会談について…にも、そんな漠とした不安の種があった。 ーーーーーーーーーーーーーーーー…

待っていたのは、湖のような海。

20日、曇り空に誘われて海に向かった。 4月からくり返してきた蕁麻疹も、処方薬のおかげでようやく鎮火しはじめた。そんな”病み上がりの肌”には、ピーカンの空より、さりげない薄曇りの空が付き合いやすい。 久しぶりに訪ねた海は、琵琶湖のように控えめで大…

観ないとわからない何か…。

つい先延ばしにして5月も半ば…18日、ようやく「メトロポリタン美術館展」を観ることができた。 新国立美術館の予約時間の前に、近くのサントリー美術館まで歩いてみた。 大きなビルの奥まったところにサントリー美術館はあった(思えば、移転前も移転後も、…

辺野古の海の輝く虹を見るまで。

沖縄が日本に返還される…そうした報道に接した時、私はまだ20歳で、沖縄は遠い南の島の一つだった。そして沖縄について何も知らないままに、”日本にとって明るい大きなニュース”として受けとめたように思う。 昨日の朝日新聞朝刊の読者投稿欄には、その後の…

Tさんに。

私が日々立ち寄る人魚姫の公園には、今、薔薇の香りが満ちています。 そして今日、Tさんに報告したいことがあります。 かつて共に携わった整理作業のことなのです。 道半ばで立ち消えになってしまっていたあの作業については、もう動き始めることは無いのだ…

光と影の季節

ベランダの小さなスミレたちは勢いを失い、緑の葉が生い茂るばかりになった。 初夏の光を避け、家の中でとりとめのない時間を過ごす日々。 午後になり、陽ざしが少しだけやわらいでくる。ふと、『Both Sides Now』の旋律が思い浮かんだ。初めて、白鳥さんが…

Tさん、貴方にもう一度会いたかった。

これまで、”enonaiehon”のなかで、二人の「Tさん」への想いを記したことがあった。 最初に記した「Tさん」は、亡くなってから四半世紀近くの年月が経った。友人の夫であった「Tさん」には一度会っただけだった。だから、「Tさん」への献花式に並んだ人々…

ベランダの白いスミレたち

温かくなって、ベランダのスミレたちが次から次へと咲きはじめた。顔を近づけると、ほのかに甘い匂いがする。 なんていい匂いなの? なんて小さいの? 白く小さな花たちを眺めていると、気持ちがやわらいでゆく。 その一方で、幼い葉やうつむいた花の首筋に…

平和な日常が奪われたその日から。

あの日から11年という時間が過ぎた。 9日・10日・11日と、朝刊の『東日本大震災 11年 いま伝えたい「千人の声」』を読んだ。岩手・宮城・福島の被災者の方々の、一人ひとりの今の胸の内が、淡々と短く語られていた。11年前の被災の延長線上にコロナ禍が重な…

無責任男は軽々と発言する。

今朝2月24日の朝日新聞の記事見出し…「トランプ氏 ”独立"承認評価」「プーチン、なんて賢いんだ」。 その記事(ワシントン=大島隆)から一部抜粋: _______________________________________ 「「天才だ」…「抜け目…

修善寺~天城峠②

【天城峠に向かう道で】 「左ハ やまみち 右ハ 下田海道」の道しるべ(「炭焼き市兵衛」の墓標横面):道標を見かけると、ついしげしげと見てしまう。 朽ちてゆく「木曽森林鉄道」の車両: 朽ちてゆく名札:なぜここに展示されているのだろう。 ケヤキは「天…

修善寺~天城峠①

修善寺に出かけてから半月が過ぎた。私を浮かべた流れが滝壺に向かってスルスルと流れ落ちてゆく感じをぼんやりと受けとめている。 その抗いがたい時間の流れのなかで、たまたま目にしたものを写真に切り取る。繰り返すことはできないその一瞬を採取し定着さ…

「修善寺の三人」を訪ねる

2月に入って、家族の誕生日祝いを兼ねて修善寺に出かけた。首都圏のコロナ感染が収まらない中、いささか肩身を狭くして電車に乗った。 さはさりながら、中伊豆に入ると、そこは桃源郷のごとく、のどかな別世界なのだった。じきにコロナ禍の現実は遠ざかって…

また消えてゆく。

昭和20年代に生まれた私にとって、この21世紀の時間は、のっぺらと希薄でつかみどころがない。私が経験した昭和の約40年間…恥多く幼く苦く切なく色濃く描き込まれている私の昭和の約40年間に比べ、今、私の周辺から滑り落ちる時間の感触は、”水道水”のように…

新聞記事に出会うこと。

毎日、テーブル上の新聞を開いても、じっくりと眼を通す記事は少ない。ほとんどタイトルをふんふんと追いかけるだけの面(スポーツや金融情報の頁など)もある。その一方で、”不”読書家の私にとって気重になるほどのボリュームで迫ってくる土曜日の「読書面…

軽石のように軽く…。

1月24日の富士 1月がもう終わってゆく。『まさかの3年目…』と思う。 昨秋、『来年こそは…』と甘く夢見ていたのに。新しい手帳に特段書き留めることもなく、淡々と消え去ってゆく日々。こうした平坦な日々を、地球上の誰もが手にしているわけじゃない…と思い…

冬の薔薇もまた、薔薇だ。

冬の薔薇は凛々しく凍えている。 かじかみ、ちぢみ、しおれ、それでも咲く。 わずかに潤う土。淡い陽光。 土から、空から、吸い込まれた力が、その花弁の先端のやわらかな色彩へと移り届くのだろうか。 冬の薔薇もまた、薔薇なのだと、凍えながらも、芯のあ…

冬枯れの世界

『ジェネレーション・レフト』をようやく読み終わる。(レフトはレフトでも、”去った”世代の私の場合、読む本の些細な誤植などは目に飛び込んできても、肝心の内容のほうはなかなか頭に入って来てくれない。) 世代は時代から生まれ、時代は世代を置き去りに…

はてさて…いやはや…やれやれ…。

1月10日の空と海 昨年末、MDウォークマンが壊れた。現在の住まいに移ってから使い始めたミニコンポは、MD部分が先に壊れた。その後、CDはミニコンポで、MDはウォークマンで再生していた。しかし、そのウォークマンもついに、己の使命を忘れて空回りするだけ…

年越しの季節をやり過ごし…。

あぁ…三が日が終わろうとしている…ここで、毎年、ホッとするのだ。 あぁ、明日からまた何でもない日々を過ごせるのだと。 子どもの頃は学校に、大人になってからは勤め先に、私なりに真面目に通った。 これから先の見知らぬ長い時間への不安が、負の動力にな…

どんな一年に?

いつからなのか、”存在”が存在し始めたし、”時”は動き始めた。”存在”は”存在”を生み、“時”の刻みはとどまることがない…不思議過ぎることだ。たとえば、命という存在は時とともに生まれ、時とともに終わってゆく。(逆に言えば、時が刻まれなければ”存在”は生…

あったかな本

12月になって読み始めた本がとてもあったかかった。 いつになく、用事を早くすませて本の続きを読みたい!と思った。(おかげで、年末のルーティンを果たさなければ…と重荷に感じる12月なのに、今年はやけに気持ち良く”テキパキ”片づいてしまった。) そのあ…

グローブの中に蝶?

やはりこれが”古希”というものか? 最近、がっかりすることばかりだ。固有名詞がどうにも思い出せない、機械操作にマゴマゴする、忘れ物がふえる…順調に衰えてゆく”脳力”を自覚してはいるけれど、その衰えのひどさ具合がいや増している。 そんななかで、今日…

♫夕陽よ ゆっくりと♫

なぜ「”冬”の日はつるべ落とし」とは言わないのだろう? 12月、陽の射すうちにと海に出かけても、帰り道には火灯し頃のもの寂しさが広がっている。空や雲が薔薇色に染まりはじめた頃に浜辺を離れたとしても、町に着く頃にはクリスマスの電飾がまたたき始めて…

四万川~日向見川沿いで③

摩耶ノ滝から再びトロッコの道を戻り、奥四万隧道を通り抜ける…トンネルの中で ♫ ヤッホー! ♫ と叫んでみた。車も通らず、長く反響する…。 ダム湖の深緑色の水を眼下にしながら、奥四万湖畔を一周した。途中、山中では、夥しい数の猿の群れが、斜面の落ち葉…

四万川~日向見川沿いで②

四万温泉の湯はほぼ無臭・無色透明・中性…草津の湯に比べ、とてもやわらかな湯だった。湯疲れも無く、翌日は四万川の小泉の滝・大泉の滝を経て、日向見川沿いに「日向見薬師堂」へと向かった。その日向見川の先には「摩耶ノ滝」、四万川へと引き返した先には…

カズラガイ

今日12月14日、真鶴沖で軽石の漂流が確認されたとの報道があった。 雨も上がり、寒さも少し和らいできた夕方、いそいそと海岸に向かった(何と物見高いことだ)。 いつもの浜辺に人影はほとんどなかった。もちろん、軽石を探す人など、私以外にいるはずもな…

10年、そしてまた10年?

2011年春に”enonaiehon"を始めてから10年。 その2011年暮れに還暦を迎え、今、古希となって2021年暮れ…なんと古希とは…。 長く生きさせてもらったと思う。 そしてまた、あと10年も?と思う今。 行く秋に 緑のこして 散る銀杏